2005年05月31日

先ほど帰宅・・・

 非常勤の授業が終わって、大学に戻る。
 広報を交えて打ち合わせ。1時間弱で終わり、その後同僚の研究室で雑談。流れで、お好み焼きでも食べに行こうという話になったが、お互い明日1限から授業があると言うことで、「長くても8時まで」、「最大8時まで」と言うことだったのが、気がつけば10時を過ぎていた。

 口角泡を飛ばして、同僚2人とともに教育問題、日本の行く末を論じたが、それよりも明日の授業が大事なので、慌てて店を出る。

 11時過ぎに帰宅し、メールをチェックし、就寝することにする。この記事の誤字、脱字は明朝訂正することにして、まずは寝ることにする。
posted by Prof.T at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨はまだ降っているけれど

 授業前に髪を切りたいので、出かけることにする。昔から頭をいじられるのが嫌いで、とくにバリカンが嫌いだった。だから刈り上げにはしない。
 最近はパーマだけでなく、茶色に染めたりしている教員(白髪を染めている教員は昔からいた)もいるけれど、私の場合は髪型には基本的に無頓着である。無駄にお金をかけたくないということもあるけれど、基本的には先述したように頭をいじられるのが嫌いだから。もう一つ、じっと座っているのが苦手というのもある。
 さて出かけよう。
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今日の予定

 午後、1コマ、非常勤の授業。
 そのあと、大学へ戻り、事務と打ち合わせ。今回は広報も交える。広報のスタッフがどういう人たちなのか知らないのが、他の事務職員からの話を聞く限り、打ち合わせはスムーズに行かないような感じだ。早々に切り上げたいのだが。
 まだ雨が降っている。出かけるまでに雨が止むことを期待したい。
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研究の楽しみと喜び

 久しぶりに本来の専門の研究論文を読んでいる。
 私の専門は大きく、理論史的な部分と現実・現代分析の部分の2つに分かれている。学会報告や教科書執筆などは、もっぱら後者の部分に関わることが多い。共同研究も後者の観点から声がかかることが多いのだが、前者の場合もある。科研費の共同研究は前者の方だ。
 個人的には前者の方が重要だと思っているのだが、一部の研究者を除いて重要性を理解してくれない。

 今日読んでいたのは、前者に関連する外国語の論文だ。もっとも日本語の論文はほとんどなく、あっても意味のないものが多いので、必然的に外国語の文献を読むことになる。日本語の文献が少ないのも、この研究の重要性が理解されない1つの理由である。

 理論史的な研究論文を読むのは久しぶりで、最初はちょっととまどったが数ページ読んでいると、霧が晴れるようにいろいろなことが見えてきておもしろい。なるほど、そうか、と研究のアイデアがいろいろと浮かんでくる。

 さまざまな論文を読みながら、自分の論文の構想を練る、自分で知の世界を組み立てる、再構成する、そういった楽しみ、喜びを味わえるのが、研究者のいいところである。
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2005年05月30日

学生からのメール

 明日の授業の学生から昨晩メールが届いた。先週、授業後に映画の話をしたのだが、それに関連した内容だった。こういうメールはうれしい。

 こちらのメールアドレスを教えることは、7年くらい前からしている。年に数回、こういった授業と直接関係しないメールをもらうことがある。一番多いのが質問など授業関連のメールだが、授業の感想といったものもときどきある。
 メールによって学生とのコミュニケーションのチャンネルが増えたことは評価されていい。

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posted by Prof.T at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

早口の理由

 学生から「先生は早口だ」、同僚から「もう少しゆっくり話せ」と言われることが多い。
 
 早口になっている理由は2つある。1つはある作家のエッセイを読んでから。これは別の機会に書く。

 もう1つは外国語習得のためである。

 日本人が外国語が苦手、とくにリスニングが苦手な理由は、日本語がだいたいにおいてゆっくり話され、それに対して多くの外国語が一般に早く話されることに由来するのだと考える。英語であれ、フランス語であれ、ドイツ語であれ、バイリンガルの環境で育っているのでない限り、それらの言語を日本語より速いスピードで処理できるはずはない。かなり勉強したところで、日本語を処理するスピードには劣る。しかし、肝心の日本語のスピードがかなりゆっくりだから、早く話される外国語は当然処理できない。外国語を聞いて理解するためには、日本語をみんながもっと早く話すべきだと思うのだ。また外国人が話すスピードになるべく近づけることによって、コミュニケーションもとりやすくなると考えるのである(必要以上にゆっくり話される日本語は聞き取りにくい)。
 もちろん単に日本語を早く話すだけで外国語を流暢に話せるようになるわけではない。たくさん話す、それぞれの言語にあった口の周りの筋肉を動かす、といったことも必要だし、単語、文法の習得も必要である。
 しかし、みんながもう少し日本語を早く話して、耳からの情報処理能力を高めることができるようになれば、外国語の上達をもう少し早めることができるのではないか、そう考えたりするのである。
 まあ、経験からの話で、学問的に検証しているわけではないから、専門家からは異論が寄せられるかもしれないのだが。
posted by Prof.T at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「民」について

 昨日書いた「官と民」の記事だが、官ばかりで民の方は触れていなかった。
 民という漢字の成り立ちを知っているだろうか?
 もし手元に漢和辞典があれば調べて欲しい。

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posted by Prof.T at 12:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は・・・

 天気予報によれば、今日は一日雨だとか。寝ぼけながら聞いていた「朝いち430」のなかで藤森涼子さんが説明していた。「予報が変わりました。一日雨です。」という気象解説に、「えー、傘を持ってきませんでした。」と、森麻季、中田有紀両キャスターが声を上げたのだが、藤森さんは動じることなく「傘、買ってください」と切り返した。

 とくに出かけなければいけない用事もないので、家で仕事の一日とする。
posted by Prof.T at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

官と民

 日曜の夜、お酒を飲みながら気分よく先週買った新書本を読んでいた。若者の就職状況、いわゆるニート現象などを扱っていて、なかなかおもしろい。ところが途中で引っかかった。文中に面接官とある。
 「官」というのは役人、政府の役職をさす。面接官と言えるのは、面接を担当している国家公務員だけであり、民間企業の場合は面接担当者などと言わなければならない。
 私立大学では教員と呼ぶところ、国立大学では教官と呼んでいたのも国家公務員だったからである。独立行政法人化の後、かれらも教員と呼ばれている。
 たとえば首相補佐官という役職がある。もともと細川政権のときに官邸機能強化のために首相特別補佐が置かれた。羽田政権ではなくなったこの首相特別補佐は村山政権で復活したのだが、この首相補佐には法的根拠はなかった。橋本政権になって、内閣法改正によって首相補佐官という役職が設けられた。「官」がついたことは、それが法律に基づく正式な役職であることを示す。

 今では言わなくなったが、教習所の指導員を教官と呼んでいた時期があった。民間の教習所であるから、これも誤りである。Jリーグやプロ野球の監督を指揮官と言っているが、これも間違いである。

 なぜうるさく言うのか?
 それは文科系の人間が言葉で勝負するからであり、またしなければならないからである。たった一文字であっても、それを使う意味があり、その一文字に何らかの意味が込められている。とくに文科系の人間は、このことに繊細な神経を払わなければならないのである。
 新書の略歴からすると国立大学出身とは思えない文科系の著者が「面接官」を使っていること、また編集者(ちなみに講談社現代新書である)がそれを訂正していないこと、どちらも言葉で勝負する世界に生きている人々だけに、猛省を促したい。
posted by Prof.T at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月29日

ハンドアウトを配らない理由

 以前は配布したことがあるのだが、原則として今はハンドアウトを配らない。板書したもの、あるいはパワーポイントのスライドのうち、各自必要だと思ったことをノートにとるように言っている。
 もちろん学生からは苦情が来る。答えはこうだ。
 「漢字の学習も兼ねている!」
 実際、多くの学生が漢字を正しく書けない。まあ、そう言っている教員の方もときどき怪しいことがあるのだけれど、だからといって学生が書けないことを正当化できないし、許していいことにならない。
 
 何でこの記事を書き始めたかというと、学生から勧められた映画について検索していたら、結構人気のあるサイトが出てきて、その内容に感心して見ていたのだが、下の方に「サイトについて」とあったからだ。これはもちろん「」が正しい。せっかく人気があるサイトなのに残念だ。この間違いは他のサイトでもよく見かける。
 学生の答案でも「幣害」が多い。もちろんワープロなら「幣害」というミスは起こさない(私のATOK17では「へいさいと」は「弊サイト」以外に変換されないのだが、誤変換の方々はMS-IMEを使っているのだろうか?)のだから、ハンドアウトを配布せよという学生がいるかもしれない。それならばこんな例はどうだろう。
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posted by Prof.T at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

早慶戦の思い出

 帰ってきて、テレビをつけてチャネルを回していたら早慶戦をやっている。
 小学生、中学生の頃に見たときには、「ずいぶんおじさんたちがやっているな」という印象だった(お兄さんたちがやっているのが高校野球)が、気がつけば「子供たちが頑張っているな」という感じで、いや本当に年をとった。

 その昔、われわれが入学したときは早慶戦がまたまた過熱していたときで、神宮球場への泊まり込み、試合後の歌舞伎町での騒動が問題になっていた。私は泊まり込みはしなかったように記憶しているが、試合後の歌舞伎町での騒ぎには参加した。試合が終わって、仲間と新宿まで歩き、飲んでコマ劇場の前に行ったら大騒ぎになっていた。
 当時、コマ劇場前には池があり、みんなそこに入ったり、投げ入れられたりして、あたりは水浸しになっていた。電柱に上るものもいた。
 若き私も調子に乗って、仲間を池に放り込んでいたのだが、とうとう私の手足が数人につかまえられるときが来た。
 手足をとられ、勢いよく空中に投げ出された瞬間、「これは夢だ」と思ったが、そんなことはなくしっかり現実だったから、およそ1秒後にはずぶ濡れになっていた。
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posted by Prof.T at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出かけよう

 昨日は結局一歩も家を出なかった。今日は外出しよう。
 もともと一日家にいることは好きではなく、一度は外へ出ていることを常としていたのだが、最近はそうでもないことが多い。年なのだろうか?

 とりあえず大きな書店に行って、あれやこれや書棚を眺めてこようと思う。たとえ買わなくても、いろいろな分野の本を眺め刺激を得ることも大事なインプット作業である。
posted by Prof.T at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

眠くなる授業

 というわけで、私の授業は眠くなる授業のようだ。
 一般に、眠くなる授業は内容がつまらないからだ、退屈だからだと言われ、否定的に評価される。果たしてそうか?

 眠くなる授業というのはそれほど悪い授業ではないと思っている。もちろん眠くなるのだから、文句のつけようのないすばらしい授業、受講している学生が感動してやまない授業ではない。もっともそういう授業があるとは思わない。少なくとも小、中、高、予備校、大、院、留学と、普通の人よりも長く学生生活を経験した私であるけれども、そういう授業に出合ったことはない。

 コンサートに行った場合を考えよう。感動的なコンサート、すばらしい演奏(こういったものにはめったに遭遇しないけれども)、これは最後まで寝ないで聞き惚れる。
 他方で、途中でイライラしてくるコンサートがある。間延びした演奏、音量に乏しいオケ等々、聞いているのが嫌になってきて、寝ることさえできない、一刻も早くその場を離れたくなってくる。
 一番多いのが眠くなる演奏だ。これはもちろん名演ではない、だからといってイライラしてその場を離れたくなることもない。そう考える間もなく、寝入ってしまうからだ。感動は与えないが、オケは心地よく響き、睡眠を誘う。もちろん起きたあとで、何で寝てしまったのかと反省するのだが、毎回、毎回、感動を呼ぶ名演を聞くことなどあり得ないのだから、それはそれでよしとすべきである。眠くなる演奏は感動を与えることはないという点では退屈な演奏だが、眠りを誘う、心地よい演奏なのである。

 というわけで、眠くなる授業も少なくとも学生がイライラしない、聞き入っているうちに眠くなる心地よい授業なのである。

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posted by Prof.T at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

眠る学生

 睡眠をとることは疲労回復になるいいことなのだが、なにも授業中にとる必要はない。とはいえ、実際にはほぼ毎時限眠る学生を見ることになる。
 微笑ましいのは、一生懸命ノートをとっていた学生が、気力はあるのだが、眠気に耐えきれずこっくり、こっくりしている姿だ。鉛筆はしっかり握って、離さない、そこに、授業を聞かなければ、ノートをとらなければ、という意志が感じられる。が、力尽きた・・・
 見苦しいのは、授業を聞き続けることを早々に放棄して、上半身を机に投げ出している姿だ。両手を枕にしているのはまだしも、前に投げ出して、横面を机に押しつけて、場合によっては、口を半ば開けて、よだれを垂らしている・・・

 私の場合、基本的に寝ている学生を起こすことはしない。例外はノイズを出している場合である。これは回りの学生に迷惑だからだ。
 それに授業中に寝てしまう学生の多くは自己嫌悪に陥るからね。ノートがブヨブヨになっていたりする場合もあるし、おでこを赤くして「私は授業中に寝ていました」とみんなに知らせて歩くことになる場合もある。こっそり寝ていたつもりなのに(見えているけどね)、教師にバレバレになるし。
 というわけで、基本的に寝ている学生のことは気にしないのだが、
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posted by Prof.T at 07:23| Comment(4) | TrackBack(1) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨日のインプット

 先ほど起床。結局、昨日一番インプットしたものは睡眠だった。ひたすら眠かったので、ひたすら寝た。身体が睡眠を欲しているので仕方がない。これがダラダラとテレビを見たり、ネットであちらこちらのサイトを見て一日を過ごしたのなら、自己嫌悪に陥るのだが、睡眠の場合はそういうことにはならない。睡眠は明日の活力の源だからだ。
 何となくやる気が出なくて結局ダラダラ、ブラブラ、一日を無駄に過ごして自己嫌悪に陥る学生が多い。「やっぱり、俺はダメだ」、「どうせ私は落ちこぼれだわ」などと考えたりするのだが、多くの場合、対処が間違っていて、無駄に自己嫌悪に陥っている。

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posted by Prof.T at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月28日

インプットとアウトプット

 研究者としていい論文を書いていく(アウトプット)ためには、さまざまな先行研究、関連論文、資料、データに目を通す(インプット)ことが必要である。
 何かを生み出すためには、いろいろなことを知り、考えることが必要がある。しかし、こういった作業を行うためには、時間が必要である。多くの大学教員が抱える問題は、こういった時間を確保できないことである。
 もちろんほとんどの教員は論文を書き、本を出版し、場合によってはテレビ、ラジオで発言するなど、アウトプット活動を行っている。しかし、彼らがそのアウトプットのために、十分なインプットを行っているか、そのインプットをもとに十分に思料、思考しているかとなると、疑問符が付けられる。
 多くの文献に目を通し、さまざまな考えに触れ、知の世界の渉猟を楽しむ、という大学人の理想生活を実現することはまず不可能である。不可能であるが、何とか時間をつくりだして、知の世界に触れなければならない。そうでないと、研究だけでなく、教育の方も陳腐なものとなる。
 というわけで、知の世界の渉猟にはほど遠いが、今日は家で買っておいた未読の本を読み、インプット活動の日とすることにした。
posted by Prof.T at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

のんびりと起きた土曜日の朝

 昨日は6時から寿司屋で飲み始める。学部長が到着したのは7時半頃。そこからさらに1時間半ほど飲む。つまみ、寿司ともに、そこそこうまくて一同満足。久しぶりにホッピーなんてのを飲んだ。
 大学近くの寿司屋だから、いつもは教職員が誰かしらいるはずなのだが、昨晩は見かけず、学部長を囲んだ話はきわどい内容になっていく。
 9時頃、会計して、解散。われわれも払おうとしたが、「いいよ。計算が面倒くさいから。」という学部長流の言い方で、学部長が全額払う。学部長、ごちそうさまでした。

 仕事があるという学部長(大学近くにアパートを借りている!)と別れ、われわれは2次会へ。
流れで、大学近くに住んでいる同僚を呼び出せ!ということになって、電話。「えー、まじですか〜?」ということだったが、来たら楽しく飲んでいた。行き先はさくら水産!

 その後、1時間半ほど飲んで解散。話した内容は・・・よく覚えていない。

 何とか帰宅して就寝。先ほど起きた。
 
 
posted by Prof.T at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

教授会やっと終了

今日は2時間半かかった。学部長はもう一つ会議があるので、われわれだけで先に寿司屋で始めることにする。
posted by Prof.T at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

健康診断終了

健康診断が終わったので少し早いが、近くのファミレスでランチとドリンク・バー。
今日の午後は会議が一つ。会議が一つだとついうれしくなってしまうが、普段が多すぎるのだ。喜ぶ場合ではない。
posted by Prof.T at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教員と学生との奇妙な関係(1)

 昔、と言っても、私が学生の頃だが、大学教員は威厳のある、怖い先生だった、少なくともそう観念されていた。もちろんそう思わなかった学生もいたが、たいていは教員と直接話すことはほとんどなかったし、ゼミ運営の相談、進路相談などで話をするとき、しなければならないときには、緊張しまくっていた。
 
 だから、昨日書いた記事のように、
 「先生、もう一度説明してください。」(「え!?」)、
 「先生、ノート貸してください。」(「はあ?」)
などと言うことは、われわれの時代には考えられなかったし、ありえなかった。教室にいる(友人でなくても)学生に聞く方が圧倒的に気楽だった。

 もちろん友達がいれば話は別で、ゼミのコンパでは教員の隣、正面の席は、今も変わらずたいていハズレの席で、最後に埋まることになる。
 知らない学生よりも毎週顔を合わす教員の方が心理的な抵抗が弱いということなのだろう。だからといって、教員が彼ら学生から信頼されているわけではないので、さらにいろいろと問題が出てくることになる。

続く(はず)
posted by Prof.T at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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