2005年05月22日

カフェ

 昨日、お茶を飲みながらあれやこれやと楽しく話をしたことを書いた。お茶を飲みながら、というのが重要である。
 
 ハーバーマスの『公共性の構造転換』を読むと、ロンドンのコーヒーハウスに人々(といっても男性だけだが)が階級を超えて(ここが重要)集まり、コーヒーやチョコレート、紅茶を楽しみながら、議論をしていく。最初は文芸の話が中心だったが、やがて経済、政治に話題は広がる。階級を超えた存在=公衆が社会について論じる公論=世論の空間=公共圏がこうして誕生するのだという。17世紀末から18世紀初頭にかけての話である。

 20世紀においても、サルトル、ボーボワールがパリのカフェで議論しながら文化を発信していた話はよく知られている。
 
 カフェで喫茶店で友人と教師とお茶を飲みながら話をするというのは、したがってきわめて重要なことなのである。
 ガロが『学生街の喫茶店』を唄ったのは1972年だが、その後都心から郊外へ大学へ移転していく過程で、学生街が消え、喫茶店も衰退していく。その動きと学生の非政治化とは決して無関係でないだろう。
 最近になって、多くのカフェ・チェーンが生まれて流行っているが、10年後、20年といったタイムスパンで見た場合、公共圏の新たな展開を生み出すことになるのだろうか。
参考
posted by Prof.T at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨日の話題(2)

 話題があちらこちらに飛んで、岩倉使節団の米欧回覧の話になった。
 歴史を専門にしている研究者が「米欧回覧記の記述では、フランスが日本に似ているという記述がある」と言う。
 彼によれば、当時の日本社会はかなりルーズなところがあって、勤勉、謹厳実直といった日本人像は、その後につくられたものであるという。だからフランスに行ってラテン的なややルーズなスケジュールの進行、フランス人の行動様式に共感を覚えたのではないかというのである。興味深い。
 岩波文庫の米欧回覧実記は途中で読みかけで、すでに数年が経過しているが、キチンと読み直そう。ちなみに今では考えられないが、使節団は出立前に三日三晩どんちゃん騒ぎをしている。

 ペリーが浦賀に来たときの話もおもしろかった。当時の人々は実に好奇心旺盛で、これが欲しい、これを買わないかといった調子で、これらの人々にペリーが閉口していたという記述が遠征記にあるという。

 研究会で文化とアイデンティティということが話題になったので、お茶を飲みながらの話もこういう流れになった。きわめて刺激的だった。歴史についてきちんと学ぶ必要がある。
 
posted by Prof.T at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨日の話題(1)

 お茶をしながら話はあちらこちらに飛んだが、とくにおもしろかった話のその1。

 スペインが様々な(地方制度だったような気がするが、正確に覚えていない)制度改革をした際、参考にしたのがドイツだという。隣の国フランスではなく、一つとばした国を参考にすることは多いらしい。
 私が確かにたいていの地域では隣国というのは仲が悪いものだ、ドイツとオーストリア、オーストラリアとニュージーランド、イギリスとフランス・・・ドイツとフランスが仲がいいなんてのは歴史上希有なことだ。
 それを受けてもう一人が隣の国だから仲良くなる、仲良くしなければいけないという発想の転換が必要かもしれないと言う。
 確かに、隣国とはうまく行かないんだという前提に立つと、日本と隣国との関係の築き方も変わってくるだろう。
posted by Prof.T at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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