2005年05月30日

学生からのメール

 明日の授業の学生から昨晩メールが届いた。先週、授業後に映画の話をしたのだが、それに関連した内容だった。こういうメールはうれしい。

 こちらのメールアドレスを教えることは、7年くらい前からしている。年に数回、こういった授業と直接関係しないメールをもらうことがある。一番多いのが質問など授業関連のメールだが、授業の感想といったものもときどきある。
 メールによって学生とのコミュニケーションのチャンネルが増えたことは評価されていい。

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posted by Prof.T at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

早口の理由

 学生から「先生は早口だ」、同僚から「もう少しゆっくり話せ」と言われることが多い。
 
 早口になっている理由は2つある。1つはある作家のエッセイを読んでから。これは別の機会に書く。

 もう1つは外国語習得のためである。

 日本人が外国語が苦手、とくにリスニングが苦手な理由は、日本語がだいたいにおいてゆっくり話され、それに対して多くの外国語が一般に早く話されることに由来するのだと考える。英語であれ、フランス語であれ、ドイツ語であれ、バイリンガルの環境で育っているのでない限り、それらの言語を日本語より速いスピードで処理できるはずはない。かなり勉強したところで、日本語を処理するスピードには劣る。しかし、肝心の日本語のスピードがかなりゆっくりだから、早く話される外国語は当然処理できない。外国語を聞いて理解するためには、日本語をみんながもっと早く話すべきだと思うのだ。また外国人が話すスピードになるべく近づけることによって、コミュニケーションもとりやすくなると考えるのである(必要以上にゆっくり話される日本語は聞き取りにくい)。
 もちろん単に日本語を早く話すだけで外国語を流暢に話せるようになるわけではない。たくさん話す、それぞれの言語にあった口の周りの筋肉を動かす、といったことも必要だし、単語、文法の習得も必要である。
 しかし、みんながもう少し日本語を早く話して、耳からの情報処理能力を高めることができるようになれば、外国語の上達をもう少し早めることができるのではないか、そう考えたりするのである。
 まあ、経験からの話で、学問的に検証しているわけではないから、専門家からは異論が寄せられるかもしれないのだが。
posted by Prof.T at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「民」について

 昨日書いた「官と民」の記事だが、官ばかりで民の方は触れていなかった。
 民という漢字の成り立ちを知っているだろうか?
 もし手元に漢和辞典があれば調べて欲しい。

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posted by Prof.T at 12:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は・・・

 天気予報によれば、今日は一日雨だとか。寝ぼけながら聞いていた「朝いち430」のなかで藤森涼子さんが説明していた。「予報が変わりました。一日雨です。」という気象解説に、「えー、傘を持ってきませんでした。」と、森麻季、中田有紀両キャスターが声を上げたのだが、藤森さんは動じることなく「傘、買ってください」と切り返した。

 とくに出かけなければいけない用事もないので、家で仕事の一日とする。
posted by Prof.T at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

官と民

 日曜の夜、お酒を飲みながら気分よく先週買った新書本を読んでいた。若者の就職状況、いわゆるニート現象などを扱っていて、なかなかおもしろい。ところが途中で引っかかった。文中に面接官とある。
 「官」というのは役人、政府の役職をさす。面接官と言えるのは、面接を担当している国家公務員だけであり、民間企業の場合は面接担当者などと言わなければならない。
 私立大学では教員と呼ぶところ、国立大学では教官と呼んでいたのも国家公務員だったからである。独立行政法人化の後、かれらも教員と呼ばれている。
 たとえば首相補佐官という役職がある。もともと細川政権のときに官邸機能強化のために首相特別補佐が置かれた。羽田政権ではなくなったこの首相特別補佐は村山政権で復活したのだが、この首相補佐には法的根拠はなかった。橋本政権になって、内閣法改正によって首相補佐官という役職が設けられた。「官」がついたことは、それが法律に基づく正式な役職であることを示す。

 今では言わなくなったが、教習所の指導員を教官と呼んでいた時期があった。民間の教習所であるから、これも誤りである。Jリーグやプロ野球の監督を指揮官と言っているが、これも間違いである。

 なぜうるさく言うのか?
 それは文科系の人間が言葉で勝負するからであり、またしなければならないからである。たった一文字であっても、それを使う意味があり、その一文字に何らかの意味が込められている。とくに文科系の人間は、このことに繊細な神経を払わなければならないのである。
 新書の略歴からすると国立大学出身とは思えない文科系の著者が「面接官」を使っていること、また編集者(ちなみに講談社現代新書である)がそれを訂正していないこと、どちらも言葉で勝負する世界に生きている人々だけに、猛省を促したい。
posted by Prof.T at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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