2005年08月07日

感想文に反対する理由

 大学教員なのに読書感想文についてあれこれ書くのは、小学校、中学校時代のルサンチマンによるものだけではない。レポートを書かせると、感想文に近いものができあがってくるからだ。

 とくに1年生、2年生のレポートに多いのだが、たとえば日本政治、経済、社会の問題点について書かせると、まずろくに調べずに書いてしまう。結果、自分が普段感じている不正確な内容になってしまう。最後はだいたい「政治家にはもっとしっかりしてもらいたいと思います」とか「私たち市民はもっと経済の問題に関心を持つべきだと思います」、「日本の社会をよくするためにわれわれは努力しなければならないと思う」といったことが書いてある。

 政治家にはしっかりしてもらいたいがなぜそうならないか、なぜわれわれが経済の問題に関心を持てないのか、社会をよくするために努力しなければならないのになぜそれができないのか、こういうことを社会科学のレポートは求めている。単に要求、願望を書くのではレポートではない。日本政治、経済、社会についての単なる感想文だ。

 われわれが学生に要求するのはレポートであって、感想文ではない。感想文は社会科学を専門的に学んでいない一般の人でも書ける。

 なぜレポートが感想文になってしまうか。それは感想文を書いたことはあっても、レポートを書いたことはないからだろう。そういう意味では学生だけを責めても仕方がない。小学生、中学生の頃から、感想文だけでなく、もっとレポートを書かせてほしい。レポートといっても本格的なものではなくていい。自分の考えをできるだけ抑え、調べて書かせることを(たまにはorもう少し)してほしい。大学教員から小学校教員、中学校教員へのお願いである。

 
posted by Prof.T at 19:38| Comment(5) | TrackBack(1) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダメだこりゃ・・・

 部屋の中にいても暑い。体力温存とばかりに昼寝をしたのはいいのだが、起きてみたら腰が痛い。魔女の一撃の反省から、用事がないから家にいたのに、ダメだこりゃ・・・。
posted by Prof.T at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魔女の一撃

 3年前の8月第1日曜日、暑い中をとくに用もないまま外に出て、疲れて家に帰ってきた。持っていた荷物を床に置こうとしたとき、背中に衝撃が走った。激痛で、声が出ない。あまりの痛みで立っていられず、そのまま倒れ込みそうになる。しかし、フローリングの床に倒れたら痛い。背中に激痛が走りながらも、床にバタンと倒れてはいけないということだけは考えられた。手を突いて、膝を突き、ゆっくり倒れ込んでいく。痛い。息ができない。これほどの激痛ははじめてだ。ようやく横になり、ゆっくり息ができる状態になって、人心地が付く。
 何が起こったのか、ようやく理解ができた。どうやら背中の筋肉が断裂したようだ。簡単に言ってしまえば、ギックリ腰。ドイツ風に言えば、「魔女の一撃」だ。本当に後ろから突然魔女に一撃を食らった感じだ。
 落ち着いたので、寝返りを打とうとして、また激痛が走る。息ができない。痛みを我慢して体を何とか入れ替える。
 トイレに行きたい。しかし体を動かしたくない。けれどもトイレに行きたい。しかし体を動かしたくない。意を決して立ち上がろうとする。上半身を起こす。激痛。それを我慢して、四つん這いになる。息ができない。柱にすがって立ち上がる。立ち上がるだけで、3分ぐらいかかった感じだ。息を整えて、トイレへ行き、用を足す。ほっとしたのもつかの間、戻って横になることを考えるとぞっとする。しかし、横になって安静にするしかない。激痛を我慢して横になった。

 3日ほどは激痛が走ったのだろうか。その後、1週間ぐらいは軽い痛みがあったような気がする。
 その後、魔女に一撃を食らうことはないが、暑い中、無駄に外へ出て体力を消耗することは避けるようになった。今日も外は暑そうだが、1日家にこもるつもりだ。
posted by Prof.T at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広辞苑と初老

 古田選手のブログを読んだら、年齢の話が書いてあった。誕生日が8月6日なので、昨日40歳になったんですね。おめでとうございます。
 もっともご本人はおめでたくもないようで、次のように書いている。
まあ、ここまでくれば腹はくくっていますからいいんですが、ただ40歳って

初老

っていうらしい。

“不惑の40歳”なんてのはまだいいけど初老って・・。  ああやだやだ。

 確かに『広辞苑(第5版)』で初老を引くと「(1)老境に入りかけた年頃、(2)40歳の異称」とある。三省堂の『大辞林(第2版)』でも「(1)老境に入りかけの人。老化を自覚するようになる年頃。(2)四〇歳の異称。」とある。

 同じ岩波の辞書でも『岩波国語辞典(第6版)』だと「老人の域にはいりかけた年ごろ。また、もと、40歳の異称。」となる。
 これが三省堂の『デイリーコンサイス国語辞典』だと「老年に入りかけた年ごろ。60歳前後。*もと、40歳の別称。」となり、初老年齢を20歳上げている。
 
『広辞苑』は1955(昭和30)年5月25日に誕生しました.
とある。確かに50年前には40歳は初老だったのだろう。しかし、今の認識では、『デイリーコンサイス国語辞典』が指摘するように、60歳前後を初老と考えるのが適当だろう。いや、この定義だって怒る人がいるだろう。
辞書は生き物です.とくに国語辞典はそうだと言えるでしょう.なぜなら日本語は長い不変の伝統をもつ一方,日々新しく変わっていくからです.
と、「広辞苑物語」の「ごあいさつ」は説明するが、初老に関しては50年間変化がないようである。
posted by Prof.T at 10:21| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読書レポート

 読書感想文を課すならば、書き方はしっかり教えたい。ただ「感想」を書けと言ったって無理だ。漠然としすぎている。ここは「読書レポート」と考えて、あらすじをまとめる、登場人物の気持ちをそれぞれ書いてみる、自分だったらどうするか考えてみることにしよう。本を読んで、いろいろな角度から考えさせて、それをまとめる形でレポートをつくろう。要するに、「感想」文は、「感想」に力点を置いた一種のレポートと考えればよい。

 すばらしい「感想」文は書けないかもしれないが、良い読書レポートは書けるはずだ。「感想」に優劣はつけられないが、「レポート」であれば優劣はつけられる。

 小学生が苦痛を覚える「感想」文はやめた方がいいように思う。とは言っても、実際に感想文の宿題が出ているとしたら、いろいろヒントを与えて、読書「レポート」として書かせよう。
posted by Prof.T at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。