2005年08月12日

「上手・下手」、「丁寧・乱暴」の差は何に由来するのか?

 なぜ非常勤先の学生の方が字が上手で、また丁寧に書くのか?

 1つには非常勤先の担当科目の方が女子学生が多いことが指摘される。一般に男子学生よりも女子学生の方が字を丁寧に書くことが多い。本務校の学生の答案でも女子学生のものは丁寧な読みやすい字で書かれているものが多い。しかし、上手、下手という観点で見るならば、非常勤先の女子学生の字の方が総じて上手だ。

 男子学生の字を比べると、差は歴然とする。本務校の学生の字は下手で、幼く、また乱暴に書かれている。それに対して、非常勤先の学生の字は上手で、丁寧に書かれている。

 なぜ非常勤先の学生の字は上手なのか、また丁寧なのか?まず上手ということについて、次に丁寧に書くということについて考えてみたい。
posted by Prof.T at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 試験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

字が汚い

 本務校の学生の答案と非常勤先の学生の答案とを比べてみて歴然と違うのは、前者の答案の方が圧倒的に字が汚いということである。もちろん例外もある。本務校の学生の答案にもきれいな字で丁寧に書いてある答案もあるし、非常勤先の学生の答案にも下手で、殴り書きのようなものもある。しかし、全体としてみると、非常勤先の学生の方が字が上手で、きれいである。たとえ上手でなくても、丁寧に書いてある。他方で、本務校の学生の字は下手だ。小学生のような幼い字、金釘流の字が目立つ。乱暴な殴り書きも多い。

 「答案は丁寧な字で書いてもらいたい」というのでは単なる感想文なので、どうして上のような違いが生じるのか、考えてみたい。
posted by Prof.T at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 試験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

語学留学出発!

 先日(8月4日)、海外研修の件で指導した学生からメールが届いた。明日、出発だという。気をつけて、しっかり勉強するようにという(ありきたりの内容だが)返事を送った。

 8月9日に自己紹介の英文を送ってきた。その英文がひどすぎるいうことも紹介した。ところで、学部長が添削する約束だったが、メールには
しかし学部長から返事がきませんでした><
とある。これは約束違反だ。

 とりあえず学部長に彼女のメールを転送しておいた。
posted by Prof.T at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 学生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

答案を採点していて気が付くこと

 非常勤先の試験を採点している。本務校よりも偏差値は10以上高いはずだ。答案の出来は総じていい。もっとも科目は違うし、非常勤先の試験は担当科目の性質上楽勝科目でいいと思っていてすべて持ち込み(参照)可だから、答案の出来具合の比較は意味のあることではない。

 しかし、答案の出来具合とは別に、本務校の学生の答案と非常勤先の学生の答案とでは、はっきりした違いがある。

 それは何か?

 
posted by Prof.T at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 試験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「歴史の流れ」と言うのなら・・・

 よく見て書くと同時に、しっかり覚えるということも、小・中・高で徹底させたい。

 「暗記はよくない」的な風潮がかなり前からはびこって、今の学生は日本史、世界史などの基礎的な知識をしっかり頭に入れてこない。丸暗記教育ではなく、歴史の流れを把握するということなのかもしれない。

 とくに暗記式勉強の元凶のように見なされている年号はからっきし覚えていない。したがって担当科目で歴史に関係した問題を出すと惨憺たる有様で、時代順がでたらめな答案が続出する。

 「いつ、どこで、誰が、何を、どのように、なぜ」という5W1Hが歴史的事象を学ぶ際に重要であるのだから、「いつ」の部分を正確に覚えることが必要だ。おまけに「どのように」とか「なぜ」ということよりも、「いつ」の方がはっきりしていることの方が圧倒的に多いのだから、それを覚えさせないのも不思議な話だ。

 世界史上の、とくに近代以降の重要な出来事については、年号もしっかり暗記しておいてもらいたい。年号をしっかり覚えていれば、それを手がかりとして、歴史の流れを把握していくことは可能だ。歴史の流れを理解させると言うのなら、流れを理解したあとは、流れに影響を受けた重要な出来事、流れに影響を与えた重要な出来事について、しっかり年号も覚えさせたい。
posted by Prof.T at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

よく見て書く・よく調べて書く

 よく見て書くと言っても、社会科学を学んでいる学生の場合には、対象を直接的に観察できないことの方が多いから、実際には間接的に観察を行うことになる。具体的には、文献や資料を読んで調べるということになる。

 例えば文献や資料であっても、対象を「よく見る」という基本ははずせないわけだから、いろいろな角度から調べる、つまり複数の文献、資料にあたることが必要になる。そうしないと対象を正確に捉えられない恐れがある。実際は円柱なのに、円であるとか、長方形であるとか、論じてしまうのと同様である。

 対象をしっかり観察する、しっかり調べる、社会科学においてはそういう作業をきちんとしなければならないことを、大学1年次にきちんと教える必要がある。
posted by Prof.T at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

よく見ることと社会科学

 よく見て書くことが必要だというのは、よく見るということが社会科学の基礎だからである。

 社会科学に分類される個別専門科学の多くは、19世紀の実証主義の潮流の中で成立した。実証主義は、推測を排し、観察された事実に基づいて科学を樹立していこうとする態度である。

 貧困や戦争はなくさなければいけないと、多くの人は思う。しかし、そう思っているだけでは、貧困や戦争はなくならない。貧困や戦争をなくすためにはどうしなければいけないか、考えなければいけない。そのためには、なぜ貧困や戦争が発生するのかを考えなければいけない。となれば、実際に発生している貧困、戦争をしっかりと観察(直接的であれ、間接的であれ)する必要が生じる。

 社会科学を学ぶ学生がまずしなければいけないのは、この観察であり、そのためにレポートを課す。ところがこのレポートの多くが感想文になってしまっている。対象をしっかりと観察せずに書いているのだ。観察なしでは、社会科学にならない。
posted by Prof.T at 05:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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