2005年08月19日

「他人の不幸は蜜の味」

 昨日の研究会のことである。持参した文献を読もうとして、ちょっとした仕草をしたら、後輩2人がそれを見逃さず、すかさず大笑いされた。そこまで爆笑するかという大爆笑である。君たち、そんなに笑いに飢えていたのですか、と聞きたいぐらい笑いまくる。いつまで笑っているのですか、と問いただしたいぐらい笑い続ける。

 いえね、ちょっとね、眼鏡を鼻の方にずらしたんですよ。鼻眼鏡っていうやつですよ。そうです、大学の(老)先生がよくやる、あの鼻眼鏡です。

 そうです、小さい字が見えにくいんです!ところが眼鏡を鼻の方にずらすとよく見えるんです!!

 「いやあ、僕らもそのうちそうなりますから」、「ええ、私も心配」と言いながら、2人はなお笑い続けた。

続きを読む
posted by Prof.T at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

驚いた!

 フラスコさんが私の記事にトラックバックした記事を読んで、2つ驚いた。

 私は世の中の大学教員は1回は絶対に同じ本を間違って2度買ってしまっていると信じ込んでいたが、フラスコさんはそうではないと言う。2度買いしない人はよほど買う本が少ないか、よほど記憶力がいいか、どちらかだろうが、フラスコさんは後者なのだろう。が、そろそろ衰えを気にされているらしいのでちょっと安心・・・。

 もう一つ。「人間失格なのを承知で言えば」と断って、他人(toshiyさんと私)の失敗を笑っている。大学教員にこんなまじめな方がいたとは驚いた!われわれの基本は「他人の不幸は蜜の味」である。遠慮なく笑ってもらって構わない。

続きを読む
posted by Prof.T at 20:43| Comment(3) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家庭教師の限界

 ゲームに向ける集中力を少しだけ勉強に向ければいいと前の記事で書いた。しかし、これを家庭教師がやるのは不可能に近い。

 できない部分をわかりやすく説明し、簡単な問題を解かせてほめ、それと同等程度の問題、場合によっては易しい問題を宿題として出す。それがそこそこできていれば、ほめてあげようと思っていると、宿題はやっていない。それが何回か続くと、こちらも我慢できず、説教となる。ほぼ毎週、最初の15分は説教で始まる。それが最後まで続いた子供がいた。

 帰る前に、親にその日の様子を簡単に報告するが、当然その内容も毎回同じになる。親の方も、「申し訳ありません。宿題をやるよう言いますので。」と毎回同じ内容の返答である。

 ゲームには数時間熱中でき、将棋も好きだという子供(中学生だった)だから、その集中力を勉強に向ければできるはずだと思っていた、何とかできると思っていた。けれども、彼の指導をやめる頃になってはじめて、それが無理だということがわかった。私は無駄な努力をしていたことに気づいたのである。
posted by Prof.T at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

集中力がない?

 学部学生、院生の頃、アルバイトで家庭教師をやっていた。幼、小、中、高、大と一通り教えたことがある。

 だいたいが勉強のできない子で、そういう子のお母さんはだいたい「うちの子は集中力がなくて困っています」と言うのであった。「はあ、そうですか」などと答えて、教えていたのだが、実際に彼ら・彼女たちと話してみると、集中力が全くないという子はいなかった。

 ファミコン(当時はゲーム機と言えばファミコンだった)で5時間もずっと遊んでいる。1日将棋ばかりやっている。暇があればプラモデルを作っている。勉強ではないが、それでも集中力はあるのだ。この集中力を少しだけ勉強に向ければいいだけの話である。
posted by Prof.T at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

集中!

 昼、夜関係なく、研究に集中するときがある。締切間際のせっぱ詰まったときである。こういうときには、時間も明るさも音も一切関係ない。ひたすら研究に集中する。他のことには目がいかない。頭のてっぺんから足先まで、意識が研究に向かう感じだ。こういうときは疲れも感じない。とくに学会誌の論文の締切時は締切絶対厳守だから、集中する。

 問題はこういう締切絶対厳守の原稿を書く機会が少ないことだ。大学の紀要や共同研究での出版の場合、締切があっても厳守でなくてもいい場合があることがわかっているので、せっぱ詰まることがない。学会や研究会での報告の場合も、その場で何とかなるだろう的な考えが最後になると頭をもたげるので、これもダメだ。

 と書いていると、何だ、ほとんど集中していないのかorz
posted by Prof.T at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外でも

 書店へ立ち寄るのは、海外でも同じである。英語圏の大きな書店であれば専門の本がたくさんある。日本の雑誌とは紙質の異なる(その結果めくりにくい)雑誌を見るのも楽しい。英語圏でなくても、何とかその国の言語がわかる場合にも書店に入る。

 東南アジアなど、観光で訪れる国の場合も書店に行く。もちろん現地の言葉はわからない。しかし、これらの地域には日系の書店が進出している。外国にまで行って日系の書店に入ってどうするのだと思うかもしれないが、現地で働く日本人向けに政治、経済、社会に関するさまざまな日本語の本、雑誌が置いてあり、それらにまた日本ではなかなか入手できない情報が載っていて、おもしろいのである。
posted by Prof.T at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出張先でも・・・

 1日1回は書店へ立ち寄らないと気が済まないので、学会出張へ行った先でも書店にはいる。ところが地方小都市だと本当に小さな町の本屋しかなかったりする。別に小さな本屋でもいいのだが、そういう本屋の棚はだいたい漫画で占められているのが悲しい。今の私は漫画に興味はない。

 ただし、地方都市の書店は、当然のことながらその地方関係の書籍、雑誌が充実していて、そういうものを見るのは楽しい。
posted by Prof.T at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書店に立ち寄る

 日中、集中して仕事ができないのは、時間があれば書店に立ち寄ってばかりいるからでもある。

 大学までの通勤途上には、丸善、ジュンク堂、紀伊国屋などの大書店はないが、そこそこの広さの書店が3店ほどある。時間があれば、これら3店のうちの少なくとも1つ、場合によっては3店すべてをほぼ毎日のぞいている。

 非常勤先の近くにもそこそこの広さの書店が2店あり、そこそこ書棚は充実しているので、やはり授業の前後にのぞいている。

 最寄り駅のそばにある書店は、町の本屋といった感じだが、近くに出版社がある関係で、出版関係の書籍、雑誌が充実していて興味深い。また売り場面積の割には文庫、新書類の棚が広い。

 時間があると、ついついこれらの書店に立ち寄ってしまって、日中は仕事に集中できないのである。書店に立ち寄ることをやめればいいのかもしれないが、しかし、1日1回は書店に立ち寄らないと、落ち着いて仕事ができないのである。
posted by Prof.T at 08:12| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全人代

 お昼の雑談の続き。

 教授会はどこの大学でも会議室で行うと思っていた。ところが、後輩(女性)の学部では教員がたくさんいて150人を超えるらしい。当然これだけの人数が入る会議室がない。それで教授会を階段教室でやっているという。

 学部長や役職者が前に座っていて、一般教員は普段学生が座っている席に着いているわけで、中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)のような光景になるらしい。ただし、全人代と異なって、指導部の方針に異議が続出するとのことである。指導部に問題があって発言する場合もあるが、何か一言文句を言わなければ気が済まない教員もかなりいるらしい。文句を言う気も、文句を聞く気もない彼女は、本を持って長時間に及ぶ教授会に臨むとのことである。
posted by Prof.T at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。