2005年09月02日

批判と責任

 前述の小心な教員たちだが、気が小さいのだから会議でも黙っているかというと、そうではない。結構、勇ましく発言をするのである。

 発言をするのだが、しかし、彼らの発言は批判ばかりだ。教授会、学科の会議にしても、彼らは学部、学科の方針に反対する発言ばかりだ。委員会にしても、委員長や他の委員が作った試案を厳しく批判する。だからといって、彼らが代案を出すことはない。「そんなに批判するなら、代案を出すべきだ」と言っても、「それはみんなで考えるべきだ」とわけのわからぬことを言う。

 前回の会議で、何人かの委員が試案をつくってくることになったのだ。そのことについては彼らも賛成したはずだ。ところが、試案が提出されると、全面否定、みんなで考えようと言る。そう言いながら、代案は示さない。そもそも試案をつくる役割は引き受けない。

 彼らは勇ましく批判するが、批判するだけで、責任を引き受けようとしない。何らかの提案をして、それを実行するということは、責任を引き受けるということである。提案は必ずしも成功するとは限らない。そのリスクを背負う覚悟が必要だ。結局、批判だけする彼らは、責任を回避しているのであり、その点で、小心者であることを露呈している。

 入試の会議でも、委員長と職員とが調整してつくった試案を勇ましく批判していたらしいのだが、「お守り」を務めた職員は、いつも呆れて聞いていたという。
posted by Prof.T at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 教員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小心

 先の記事に書いた海外恐怖症の教員は、当然といえば当然だが、かなり小心な人間のようだ。以下はある職員に聞いた話。

 うちの大学にも全国各地に試験場を設けて入試を行う、地方入試とか全国入試と言われる試験区分がある。大きな会場だと教職員会わせて20人ほど試験監督として出張するが、小さな会場だと受験生は10人ほどで試験監督も教員1名、職員1名で構成される。責任者は教員である。誰がどこへ出張するかは、事務職員が入試関係の委員会の委員長と相談して決める

 ある年、件の教員がある小さな会場の試験監督として出張ということになった。当然彼が責任者で職員が1名同行する。受験生が10人程度といっても、入試だから事故があってはならない、教員の責任は大きい。なかなか緊張する仕事である。

 とはいえ、いい年をした教員が「僕で大丈夫かなあ、何か事故は起こらないかなあ、心配だなあ」という電話を入試担当の事務職員にすることはないだろう。「いや、先生、大丈夫です。先生なら大丈夫です」と答える職員に「そうかなあ、不安だなあ。本当に大丈夫?」と返し、「いえ、先生なら大丈夫です」というやりとりが30分ほど続くという。

 地方試験前に「お守り」をしなければならない小心者の教員は、彼以外にもいるという。
posted by Prof.T at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 教員 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外恐怖症

 私はすきあらば海外逃亡を図ろうとしているが、他方でまったく海外に出ようとしない教員もいる。

 うちの大学は一定年数在籍すれば、在外研究の機会が与えられる。私はすでに1回消化したので、あと数年は次が来ない。ところが私の前に就職したのに、在外研究に出ていない教員がいる。子供の教育、親の介護等々、個人的な事情で海外に出ないわけではない。

 例えば、私より1年先に就職した同僚は独身で、介護の心配もない。在外研究に出ないばかりか、短期の海外調査にも出かけない。教員紹介によれば、アメリカを対象として実証的に研究しているようだが、資料収集に出かけることもなければ、アメリカの学会に参加することもない。察するに、海外恐怖症、外国人恐怖症のようで、そもそも海外に出て、外国人と接触するのを避けているようだ。彼は、国際という冠が付く科目を担当しているのだが、彼が教授する「国際」とは一体どのようなものなのだろう。
posted by Prof.T at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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