2005年07月10日

名文は書けない・迷文は書かない(2)

 良いレポートは、論旨が明快であり、しっかりとした論理展開がなされている、とたいていの「レポートの書き方」は指摘する。その通りである。それでは具体的にどうするのか?

 すでに「名文は書けない・迷文は書かない(1)」(7月4日)で言及したように、書く内容は決まっている、それを短い文章で書いていく。そうなると、良い論文の書き方の決め手は、副詞や接続詞を中心に、理由、原因、経緯等々を説明する際に使用する表現を適切に使うことができるかどうかにかかってくる。
現代日本社会の最重要の課題として、少子高齢化が指摘される。「なぜならば・・・だからである。」
 現代国際社会においてテロは最優先に解決されなければならない問題である。「その理由は・・・」
上記の「なぜならば・・・だからである」、「その理由は」や
 
「そもそも」この問題は、・・・に起因する。
この場合の「そもそも」、 
「したがって」、この問題は、以下のようなことをも意味する。 「第一に」、・・・。「第二に」、・・・・・・。「最後に」、・・・。
 上の場合の「したがって」、「第一に」・・・・・・や、 
「しかし」、以上のような見解には、強い批判も存在する。
この「しかし」、 
 
「以上のように」、多様な見解が存在し、それらが厳しく対立していることが、まさにこの問題の重要性を物語っていると言えよう。
における「以上のように」などをきちんと使用して書いてあるレポートは、論理が明快になり、読み手も論旨の把握が容易になる。

 このような表現を使うことは、書き手にとってもプラスである。長い文章を書いていると、一体自分が何を書こうとしているのか、書いているのか、わからなくなることがある。他方で、短い文章を単に書き連ねて行くだけでも、論理の展開が不明確になる。これらが迷文である。

 経緯を書くのだから、「そもそも」で始める。いくつかの理由を述べていくのだから、「その理由は、第一に」、「第二に」と書く。異なる見解を書くのだから、「それに対して」で始める。こういった表現を用いることによって、何を書くか、何を書こうとしているのかを意識する、明確にできるのである。こういった表現を用いてできる文章は、型にはまっているという点で名文ではないかもしれない。しかし、定型的であろうと、何が書いてあるか明快で、内容がきちんと相手に伝わる文章になっているはずだ。レポートとしては、それで合格である。
posted by Prof.T at 05:09| Comment(0) | TrackBack(0) | レポートの書き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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