2005年12月28日

頑張れ、受験生!(2)

 ゼミ生などと受験の経験談を交わすことがある。「模試や本番の試験の時に、『あっ、この問題はやったことがある!』、『そうそう、この問題はできなかった!』ということは思い出すのに、肝心の答えが思い出せなかった経験はないか?」と聞いてみると、たいてい「そういう経験、あります」という返事が返ってくる。

 「しめた!この問題は前にやったことがある。そのときはできなかったが、ちゃんと復習しておいたから大丈夫!」という学生よりも「あーっ、この問題、前にもできなかった。ちゃんと復習しておけば良かった」と後悔、反省している学生の方が多い。まあ、ちゃんと復習しないから第1志望を落ちてうちの大学に入学してくるのだけれど・・・。

 同じ問題集を3度繰り返せ、模試の復習をせよ、というのは、うちの学生の多くが経験している模試や本番での後悔、反省を回避するためである。確かにまったく同じ問題が出ることはないかもしれないが、入試の範囲が決まっている以上、同じような問題は出るのだ。もしまったく同じ問題が出て、それがまたできなかったら、それこそ悔しい。

 この時期は、できない問題をなくしていく、1度間違えた問題は2度と間違えない、という方針をとるのが正しい。試験の時に、そして合格発表のときに後悔しないために、これまで間違えた問題を2度と間違えないよう、しっかり復習しておこう!
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頑張れ、受験生!

 大学の正門に「センター試験実施に伴う入構制限」の立て看板が立てかけられたことを書いた。年明けとともに、一般入試のシーズンに入る。

 受験生は冬期講習に通ったり、図書館で勉強したり、あるいは家でねじりはちまきで頑張っていることだろう。

 今まで受験で辛酸をなめ多くした先輩として、あるいは塾や家庭教師を務めた経験から、はたまた受験戦争を勝ち抜いて(あるいは敗北して)大学に入ってきた学生と接してきた経験から、いくつか受験生にアドバイスをしておきたい。

 受験日が近づいてきて不安に駆られるかもしれないが、この時期に新しい参考書や問題集に手を出すのはやめよう。新しい参考書や問題集に手を出したら、ますます不安になるだけだ。新しい参考書、問題集に手を出したい欲望を抑えて、まずは今まで使ってきた参考書、問題集をしっかりマスターしよう。とくに問題集は完璧に仕上げよう。最低3回はやって、できない問題はない!という状態にする。新しい問題集に手を出すのはそのあとでいい。もっとも新しい問題集に手を出す前に受験日が来ていると思うが・・・。

 これまで受けた模擬試験の復習も有効だ。できなかった問題をとにかくできるようにしよう!

 頑張れ、受験生!
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2005年10月09日

やる気

 書類を1つ作成しなければならないのだが、やる気がない。やる気がないといって、やらないわけにはいかない。

 うちの学生に勉強せよ、たとえば英語の勉強をせよ、というと「やる気がないからダメですよ」と答えることが多い(たとえば7月25日の「我慢も勉強」の学生)。

 しかし、やる気がなくてもやらなければいけないことは多いし、やる気があってもやらせてもらえないことも多い。

 研究に比べて、教育はやる気がないという大学教員は多いと思う。だからといって、いい加減な教育をしていいわけではない。やる気がなくても、一定水準の教育は行わなければならない。

 また、いくらやる気があっても一定水準をクリアしなければやらせてもらえないことは、うちの学生だって部活その他で経験しているはずだ。

 やる気がなければやらなくていいというのは間違いであり、同様にやる気さえあれば何でもできると思うのも間違いだ。

 やる気なんてものに関係なく、やらなければいけないことは、やらなければいけないのである。
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2005年10月08日

「ちょっと年齢を感じている今日この頃」

 眞鍋のブログを読んだ。日を置かない更新だから、元気なのだろう。良いことだ。

 その最新の記事によると、眞鍋と普天王が同い年らしい。それに続けて、眞鍋は次のように書いている。
おすもうさんが自分より年下になってきたのでちょっと年齢を感じている今日この頃。最近、女子アナも年下だったりします…。頑張ります。
最後の「頑張ります」が意味不明だが、もう決して若くはない、甘やかされなくなってきた、しっかりしなければいけない、という決意表明なのだろう。

 5月29日の「早慶戦の思い出」でも書いたが、高校野球はお兄さんたちがやっているもので、大学野球はさらにその上のおじさんたちがやっているものだと思っていた。プロ野球選手は親父世代のように感じていた。学生に聞いても、そんな感覚のようだ。

 気がつけば、高校野球は少年たちのスポーツで、大学野球ももはや弟世代ではなく息子に相当する世代がプレーしている。プロ野球には同年代の現役選手は当然いない。月日が経つのは早い。本当に早い。

 大学3年生は、これからの1年がとくに早い。4年生はそう実感していると思う。就職活動を始めてから、内定をもらうまでの間は、本当に早い。内定をもらってから、卒業までの時間の経過もあっという間だ。

 この間、大学に入ったと思ったら、もう3年生だ。3年生諸君には、とくに先のこと、将来のことを考えて、勉学に励んでほしいと思う。

 以上、もっと勉強しておけば良かったと後悔している中年大学教員からのメッセージである。
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2005年09月21日

怒る元気があればよし!

 眞鍋のブログが更新された。

 
自己管理で体コントロールできたら苦労しねーから!!

 って、怒ってる!

 時間がないからこそ、自己管理に気をつけなければいけないとは思うが、怒る元気があればよし!


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2005年09月20日

眞鍋を叱る・・・

 睡眠2時間で起きていたら、午後になってつらくなった。頭の芯が痛くて、視界が狭くなってきた。これでダウンかと思ったが、眞鍋かをりのブログを読んだら、目が冴えてきた。いや、頭に来てね。

 夏に特に何もせず、ちょっと凹んだくらいで、「青春からの戦力外通告」はないね。過剰な表現だし、ホントに凹んだやつが使うような表現じゃない。演出臭くてやだね。きらきら光り輝く海を恋人と駆け回るのが、青春とでも思ってるのかね?

 好きな仕事を瞳をきらきら輝かせているのが青春かね?でも、好きな仕事でもつらいときがあると言ったのは当の眞鍋だ(4月18日の記事参照)。

 酒を飲んで酔っぱらって、議論ふっかけて凹まされて、オイラの存在は何なんだ!なんて、自問自答している。大学生ぐらいの世代はたいていはこんな凹んだ青春を送っているはずだ。幸せいっぱい、夢いっぱい、光り輝く青春を送っているなんてのは、ちょっと眉唾だ。

 もう1つ。体調、崩しすぎ。忙しいのはわかる(何しろテレビに、新聞、雑誌、インターネット、あらゆるところに眞鍋を見ない日はないからね)が、だからこそ体調管理はしっかりやらないといけない。プロなんだから。

 というわけで、悩んで、凹んで、立ち上がれ、眞鍋!
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Better late than never.

Better late than never.という英語の諺がある。「遅くてもしないよりはまし」という意味である。フランス語、スペイン語、イタリア語などでも同じ表現がある。

 好きな諺なのだが、仕事の取りかかりが遅いからこの諺が好きなのか、この諺を気に入っているから仕事の取りかかりが遅いのか・・・。まあ、前者なのだろう・・・。続きを読む
posted by Prof.T at 04:43| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

自分への投資

 学生に留学せよ、PCを購入せよと言うと、たいてい「金がない」という答えが返ってくる。金がなければ稼げばいい、奨学金をもらえばいい、と言うのだが、たいてい口をとがらせる。

 PCが使いこなせなければ社会人として生きていくのは難しい、留学などで付加価値を付けないと、希望する就職も困難だ。残念だが、こちらの思いはなかなか伝わらない。

 程度の差はあれ、夢や希望を持って大学に進学したはずだ。それらをかなえるためには、投資をしなければいけない。それは誰のためでもない、自分への投資だ。

 PCを使いこなすためには自前のPCが必要だ。資格試験に通るためにはやはり専門学校に通った方がいい。語学を武器にしようと思えば、会話学校に通ったり、留学した方がいい。

 夢や希望を叶えるのは学生自身だ。自分で自分に投資しなくて、一体誰が投資するのか。

 「金がない」と言うのは、自分への投資を放棄していることだと思う。それは夢や希望を放棄していることだ。

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2005年08月23日

海外は楽しい!

 学生には積極的に海外へ飛び出すように呼びかけている。なぜなら、海外は楽しいからである。見ること、聞くこと、すべてが新鮮で、街を歩いているだけで勉強になる。

 街を歩いていて、いろいろな発見をするのが楽しい。香港では建設現場の足場が竹で組まれていた。バンコクでは超高層ビルの裏に戦後の焼け跡にできたような闇市のような場所を見つけて、発展途上を実感した。

 電車に乗っても、例えば閉まるときは自動なのに、ボタンを押したり、ノブを回さないと閉まらない列車のドアがあるがなぜなのだろう(日本でもローカル線だとあるのかな?)とか、なぜ駅には改札口がないのか(地下鉄にはある)などと、いろいろ考えることがある。

 海外は楽しい。日本をよく知るためにも、海外へ飛び出そう! 
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2005年08月21日

マニュアル読みますか?

 「パソコンが苦手ですぅ」とか「機械に弱いんですぅ」と言う機械音痴がいるということ、とくに女性に多いようだということを書いた。女子学生の中にもそういうこと言うものがいる。

 あまりにそういう人が多いので、最近は機械音痴だと言う人に「マニュアル、読みますか?」とか「説明書、読んでますか?」と聞くことにしている。すると、「いえ、読みません」という答えが決まって返ってくる。

 要するに、機械音痴とはマニュアル、説明書を読まない、読もうとしない人たちなのである。マニュアルや説明書を読まなければ、PCの設定やAV機器の配線など、素人にできるわけがない。説明を見ない、聞こうとしないで、自分勝手なことをやろうとする、自分本位、独りよがりの人たちなのである。

 「機械に弱いんですぅ」とは、「私は説明書を読まない自分勝手な女ですぅ」と言っているも同然である。「パソコンが苦手ですぅ」と言うのは、「私は説明聞かない女ですぅ」といっているようなものである。

 「メカに弱いの・・・」なんて言う女性を可愛いと思っていると、あとでひどい目に遭うぞ。男性諸君、機械音痴に騙されてはいけない!

posted by Prof.T at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

機械音痴に騙されるな!

 自らを機械音痴と言う人たちがいる。女性に多いようだ。パソコンやAV機器の設定や操作ができない、苦手らしい。

 「私、機械音痴なんですぅ」などと言われて、世の男性は鼻の下を伸ばして「俺がやってやるよ」なんて、喜んで彼女たちに代わって設定をしてあげたりする。「素敵!」なんて言われて、ますます鼻の下を伸ばしてしまう。「これからもオ・ネ・ガ・イ揺れるハート」なんて言われて、「おう、まかせとけ!」なんて安請け合いしてしまう。「俺を頼ってくれる可愛いやつだ」なんてもう有頂天になってしまう。

 それでいいのか、と思う。君、もう少し冷静な判断をしなさいよ、と思う。考えてみなさい、一体、人は機械音痴に生まれつくのだろうか?
posted by Prof.T at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

我慢も勉強

 土曜日の試験監督、2コマ目は1年の英語テスト。今年度から始まった、英語履修者が全員受ける単語・熟語テスト。5月19日に書いたように、うちの学生は英語が苦手だ。いろいろ問題はあるが語彙力の不足も一因だ。それを克服するために、英語教員がこの英語テストを企画した。共通のテキストを使用して、4月からみんな一生懸命勉強してきたと聞いていた。

 問題、解答用紙を持って、160人ほどがいる試験場にはいると、6割ぐらいは友達とおしゃべりをしている。テキストを広げてはいるものの、そのうちのほとんどはただ広げているだけ。試験開始直前まで、必死になって覚える、復習することが重要だと考えるが、そういう姿勢に欠けることがうちの学生の問題点だ。

 最前列に男子学生がぽつんと座っている。テキストは出していない。試験開始までまだ10分以上ある。勉強すればいいのにと思い、声をかける。

 「試験開始直前まで、一生懸命覚えた方がいいと思うけど」
 「そうですか?英語できないから無駄だと思いますが」

 「やる気があれば英語はできるようになると思うけど」
 「ええ、でもやる気がないからダメですよ」

 「30歳過ぎてからアラビア語とかイタリア語とかマスターする人もいるよ」
 「そういう人はやる気があるからですよ」

 「いやいや、やる気はなくて、仕事の関係でやらされる人もいるんだよ」
 「そうですね」

 「やる気がないからって、やらないわけにはいかないでしょ?」
 「ええ、まあ」

 「好きな仕事に就いたって、実際にやる仕事は好きではないことかもしれないでしょ」
 「そうですね」

 「やりたくないことだって我慢して頑張っているんだよ。我慢も勉強のうちだよ」
 「・・・・・・」

 その後、教室を一回りして戻ってみると、テキストを広げて復習している彼の姿が確認できた。
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2005年07月07日

盗難にご用心

 海外旅行の話を書いたが、盗難やひったくりには気をつけたい。私も被害にあったことがある。。
 それはミラノの中央駅で起こった。地下鉄に乗ろうとしたら、前の男がブロックする。後ろから来る仲間に早く来いと呼びかけているような感じだった。発車してしまいそうなので、ブロックしている男を押して車内に入ろうとする。一瞬、ぐいっとリュックが引っ張られるような気がしたが、とにかく中にはいることに気が取られていた。何とか車内に入って、リュックをおろして腰掛けると、リュックの口が開いている・・・

 あれ?
 中を見る・・・ない!
 システム手帳が取られている!
 そうか、あの「ぐいっ」というのは・・・

 もっと注意していれば、と後悔したが、もう遅い。電車は目的地に向かって進んでいる。しかし、その目的地はもはや意味を失っている。何よりもまず警察に行かなければいけない。

 なぜシステム手帳をとられたか?当時、私はシステム手帳に紙幣を挟んでいたのである。犯人たちは切符を購入するときから私を見ていたのであろう。小銭を持っていなかった私は、リュックからシステム手帳を取り出して、紙幣で切符を買い、その後リュックに戻したのであった。
 被害は現金だけでなく、クレジット・カードとパスポートに及んだ。それらをシステム手帳に挟んでいたからだ。警察に被害届を出し、クレジット・カードはカード会社に電話して再発行とホテルへの送付を依頼した。翌日午後には届いたように記憶する。パスポートは領事館で再発行の手続きを行った。手数料がかなりかかったような気がする。被害に遭ったミラノに領事館があったことが不幸中の幸いであった。

 アメリカに在外研究中の先輩教員がヨーロッパへ旅行して、PC、パスポートの盗難にあったと、人づてに聞いた。
 この夏、語学留学や旅行で海外に出かける学生は多いと思うが、盗難に遭わないよう気をつけて欲しい。
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2005年07月03日

いたずら電話とスパムメール

 私はコーヒーをかけられたことはないが、いたずら電話を受けたことはある。
 専任教員になって1年目か2年目で、当時はまだ教員紹介に自宅の電話番号が掲載されていて(今から孫えるととんでもないことだ)、夜中に突然電話が鳴り、「馬鹿野郎」とつぶやかれたことがある。怒鳴られたのではなく、つぶやいていたのは、おそらく相手が酒にでも酔っていたからだと推測するが、続けてなんだかよく分からないこと(ところどころに成績とか試験とかいう単語が聞こえたような気がしたので、学生と推損した)をぶつぶつ言っていた。そのまましばらく放っておいて、相手が切ったところで、受話器を置いたが、気分のいいものではなかった。

 最近、多いのがスパムメールである。いろいろな経路で、メールアドレスを入手しているのだろうが、1つの経路としてよい子たち(学生)がその手のサイトに私の大学のアドレスを親切にも登録してくれているようである。いや、新学期になると増えるので、そう推量するのだが。
 さっきも1通その種のメールが届いたのだが、件名の日本語がおかしい。教員という職業柄、それを訂正したいのだが、誤りを直した返信を送ると、その100万倍くらいのスパムメールが届くであろうから、ここはじっと我慢である。
 ということで、必要があれば自分でするので、そういうサイトに登録するのは、学生個人のアドレスだけにしておいてほしい。

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2005年06月11日

「学生なんてそんなものだよね」

 今週の木曜日午後の2年ゼミに学生が寝坊した話を書いた(結局彼は授業終了10分ほど前に来た)。実は午前中の授業でも、以下のような話があった。

 あるが学生が、参加しているNPOの活動について、授業前ないし授業後、私の授業を受講している学生に説明させて欲しいということを先週申し出ていた。
 そのNPOについて私は知っていた。というのも、昨年ある大学で非常勤をしていたときに、やはりそのNPOの活動に参加している学生から同じ申し出があったからである。問題のないNPOである。
 そのときと同様、私は「私の講義とそのNPOはまったく関係がない、学生が説明したいというので、その機会を提供するだけであるという断りを入れる」ことを条件に許可を出した。知らない学生を多数前にして、緊張しながら話をするというのも、それなりの勉強である。NPO活動に参加し、みんなの前で話をしたいという積極的な学生の行動を阻止する理由もとくにない。
 
 さて木曜日である。授業前、後、どちらで話をするのかな、後なら、早めに終わってあげないといけないな、と思いながら、教室に入った。
 1時限目、その学生が受講している授業であるが、姿は見えない。・・・そのまま欠席。2時限目、その学生は受講していないが、説明させて欲しいと申し出ていた。授業が終わっても姿を見せない。

 その後、その学生から連絡はない。同じ授業をとっている学生には「寝坊した」というメールが来ていたそうだが、私には連絡はない。続きを読む
posted by Prof.T at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月02日

教育実習の季節

 先々週あたりから学生が「教育実習で欠席します」と届け出てくる。教育実習の季節となった。
 出席を取っていないので届け出ても意味はないのだが、「しっかり頑張りなさい」と声はかける。

 中学生、高校生の前で、授業をするドキドキ、ワクワク体験は、学生にとっていい経験になるだろう。
 授業準備の大変だということ、授業をする難しさ、わかっている(と思っている)ことを人に伝える難しさ(結局わかっていなかったということがわかったりする)を体験してきなさい。
 教師に見えないと思って、こっそり内職をしていたり、寝ていたり、ノートにいたずら書きしている生徒を見てきなさい。「こっそり」は生徒側の思い違いで教壇からは丸見えだということを見て来なさい(大学の教室でも同じなのだよ)。

 教育実習に行く学生にもう一つ言っていること。

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2005年05月30日

官と民

 日曜の夜、お酒を飲みながら気分よく先週買った新書本を読んでいた。若者の就職状況、いわゆるニート現象などを扱っていて、なかなかおもしろい。ところが途中で引っかかった。文中に面接官とある。
 「官」というのは役人、政府の役職をさす。面接官と言えるのは、面接を担当している国家公務員だけであり、民間企業の場合は面接担当者などと言わなければならない。
 私立大学では教員と呼ぶところ、国立大学では教官と呼んでいたのも国家公務員だったからである。独立行政法人化の後、かれらも教員と呼ばれている。
 たとえば首相補佐官という役職がある。もともと細川政権のときに官邸機能強化のために首相特別補佐が置かれた。羽田政権ではなくなったこの首相特別補佐は村山政権で復活したのだが、この首相補佐には法的根拠はなかった。橋本政権になって、内閣法改正によって首相補佐官という役職が設けられた。「官」がついたことは、それが法律に基づく正式な役職であることを示す。

 今では言わなくなったが、教習所の指導員を教官と呼んでいた時期があった。民間の教習所であるから、これも誤りである。Jリーグやプロ野球の監督を指揮官と言っているが、これも間違いである。

 なぜうるさく言うのか?
 それは文科系の人間が言葉で勝負するからであり、またしなければならないからである。たった一文字であっても、それを使う意味があり、その一文字に何らかの意味が込められている。とくに文科系の人間は、このことに繊細な神経を払わなければならないのである。
 新書の略歴からすると国立大学出身とは思えない文科系の著者が「面接官」を使っていること、また編集者(ちなみに講談社現代新書である)がそれを訂正していないこと、どちらも言葉で勝負する世界に生きている人々だけに、猛省を促したい。
posted by Prof.T at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

「よし、また明日からがんばるぞ!」

 古田選手のブログが更新されていますね。
 今回は映画の話です。ずっと下の方に、以下のような記述があります。

 
凹んだときはたまに観て

「よし、また明日からがんばるぞ!」

と思ってしまいます。(結構、単純なんです。)


古田選手でも(やはり)凹むことがある、古田選手でも(なるほど)映画を見て元気をもらう。
就職活動がうまく行かない学生、研究がなかなか進まない研究者など、われわれが凹むのは当然なのだ。思いっきり凹んだら、画、音楽、テレビ、古田選手のブログ等々、何でもいいから元気をもらって、「よし、また明日からがんばるぞ!」と思うことにしよう!
posted by Prof.T at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

やればできる

 うちの大学の学生は、ものすごく勉強ができるというわけではない。ものすごく勉強ができるわけではないので、うちの大学に入ってきたと言った方が正しいだろう。
 彼らの多くは小学校の頃から「やればできる」と親、教員から言われてきたようだ。

 「やればできるのだから、がんばれ」と言われると何となくうれしくなるようだ。

 しかし、中田有紀(なかだあき)さん流に言えば、「やっていないからできない」ということである。勉強ができないのは、(多くの場合)勉強していない、さぼっているからである。

 「やればできる」と言われるのは、せいぜい大学2年までだろう。それ以上になると、そのような期待を持った人物評価はされなくなる。

 勉強と真正面から向き合って、「やればできる」を仮定形(実際にはやっていない)でなく、現在完了形(やったのでできる、できている)で語るようにしてほしい。
 
 
posted by Prof.T at 07:32| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月13日

古田選手と起承転結と配球の妙

 古田選手の女医さんの続きを読んだ。で、女医さんじゃなかった。
 なんだコリャ、詐欺だ、小賢しい!
こう思ってしまうのは浅はかで、見事に古田選手の術中にはまっている。

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posted by Prof.T at 07:52| Comment(2) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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