2005年12月21日

コーラと生協と白石さん

 「五輪聖火、予備の火を車で運搬 スポンサー巡り妨害受け」というニュースを読んだ。記事を読めばわかるが、このスポンサーはコカコーラだ。そう言えば私が学部生だった頃、大学生協にはコカコーラが置いてなかったことを思い出した。

 コカコーラを置いていなかったのは、それが「アメリカ帝国主義の象徴」、「アメリカ資本主義の手先」であったからだ。当時の大学生協は、「米帝」と闘う姿勢を見せていた。農工大だけでなく、私が通っていた大学の生協にも「ひとことカード」があったから、「何でコカコーラを置かないのか」という「ひとこと」が寄せられたのかもしれない。

 そういう「ひとこと」に白石さんだったら、どうユーモアたっぷりに答えるのだろう。あるいは、「昔は、コカコーラを置いてなかったのに、なぜ今は置いているのですか?」という「ひとこと」にも「要望が多かったからです」などという紋切り型の答えではなく、楽しい回答を寄せてくれるのだろう。続きを読む
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2005年11月27日

やったぞ、はやぶさ!

 昨日、寝ている間に「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に無事着陸し、試料採取に成功したニュースを知った。今度はエイリアンも邪魔しなかったようだ(11月20日「『はやぶさ』と少年の夢」)。

 限られた予算にも関わらず、最新の技術を盛り込んで、世界初の快挙に成功した。関係者の苦労、プレッシャーは大変だったと思うが、それも今回の成功で報われることだろう。

 とはいえ、今度は「はやぶさの小型ジェットに不具合、安定姿勢を逸脱」と報じられている。地球帰還まであと1年半。まだまだ予断は許さないようだが、きっと成功してくれるはずだ。

 がんばれ、はやぶさ!
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2005年11月20日

「はやぶさ」と少年の夢

 地球から約3億キロ離れた場所にある小惑星イトカワに向かった探査機「はやぶさ」の消息が、ここ何日か、気になっている。

 今朝、イトカワに着陸することになっていたが、途中で信号が途絶えた。幸い、通信は復活したというが、着陸したかどうか、この記事を書いている時点では不明のようだ。

 「はやぶさ」は一部の姿勢制御装置が故障している。さらに、イトカワに向けて、「はやぶさ」が投下した小型探査ロボット「ミネルバ」も行方不明のようだ。イトカワへの着陸も延期されて、今朝になった。トラブル続きだ。

 小さい頃、夜空を見上げて、宇宙旅行を夢見た人は多いはずだ。いや、ほとんどがそうだろう。SF映画、ドラマ、アニメなどが、少年、少女の宇宙への夢をかき立てた。

 着陸時だけ通信が途絶える、「ミネルバ」が行方不明など、下手なSFよりもずっと手に汗握らせる。ひょっとしてエイリアンが・・・などと、元少年の妄想もかき立てられる。そう考えても、SF映画の見過ぎだと、簡単に片づけられない宇宙の神秘と魅力がそこにある。

 厳しい条件の中で、イトカワへの着陸と砂や岩の破片などの試料採取、さらにそれらの地球への持ち帰りが「はやぶさ」の使命だ。

 夜空を見上げ、宇宙旅行を夢見た元少年は、頑張れ「はやぶさ」!とエールを送る。
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おめでとう!

 ネットで高橋尚子の優勝を知る。おめでとう!
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高橋尚子を応援する

 今日、高橋尚子が走る。

 2年前、たまたま近くを通りかかったので、声援する人並みに加わった。往路は元気が良い走りで、見えたと思ったら、その姿はあっという間に視界から消えていた。マラソンの走りは、テレビで見るとゆっくりに見えるのだが、実際にはずっと速い。選手は一瞬にして応援者の前から消え去っていくのだ。

 この元気なら・・・という期待もあって、カフェで時間をやり過ごして復路も応援することにしたが、先頭で戻ってきたのは高橋尚子ではなかった。見えたと思ったらすぐに視界から消えたのは往路と一緒だったが、表情は厳しく、足取りも重かった。往路の高橋尚子はそこになかった。残りの距離での逆転を期待したが、それが虚しい期待であることは明らかだった。

 引き際を間違えたという人もいる。私の師匠もそのような見解を持っている。けれども、シドニーで金メダルを取った頃よりも、今の高橋尚子が私は好きだ。小出コーチから離れて自分でやっていく姿勢もいい。

 肉離れの報道など、好結果は期待できそうにない。負ければまた批判が寄せられるだろう。それでも高橋尚子を応援する。納得できるまで走り続ければいい。
posted by Prof.T at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

今日のわけわからん

 何で紅白まで、みのもんたなんだ!
posted by Prof.T at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

法定飲酒年齢

 アイドルグループの未成年メンバーの飲酒問題が新聞をにぎわせている。未成年者の飲酒は何も彼に限ったことではないが、補導されるとなると話は別、ということになってしまう。おまけに有名アナウンサーを含め、テレビ局の社員も一緒に飲んでいたとなると、彼らの責任が問われるのも仕方のないことであろう。
 しかし、この問題、学生とコンパを行う大学教員にとっては、他人事ではない。オリエンテーション(キャンプ、合宿)などでは、さすがに飲酒は禁止だろうが、クラスコンパ、サークルの新歓コンパでは、飲酒がつきものだ。こういった席に教員が同席していて、その場では何の問題がなくても、今回の事件のように酒席が終わったあとに補導されるようなことになれば、教員の責任が問われることになるだろう。
 もちろん、未成年者には飲酒が禁止されているのだから、とにかく法律を守るべきで、未成年者がいる限り、飲酒は控えるべきだという考えもあるだろう。しかし、どのみち法律の問題なのだから、どうせなら法律を改正して、法定飲酒年齢をたとえば18歳に引き下げてくれた方がいい。教員も安心して、クラスコンパ、新歓コンパに参加できるというものである。
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2005年07月16日

四つの20と11

 都知事のフランス語に関する発言が波紋を呼んでいる。昨日は、フランス語賠償訴訟、石原都知事が反論の記事のように、都知事の反論が報道された。

 asahi.comの記事にあるように、フランスのフランス語では「91」は「四つの20と11」とする。記事にはないが、「71」は「60と11」である。

 確認しておきたいのは、現代フランスでは10進法を採用しているから、91も71もフランス人に観念されているということである。したがって数え方がおかしいわけではない。読み方が日本人の感覚からすれば独特のように思えるだけである。

 都知事の発言は、いくつかのニュースでも報道されたが、関連してなされた「フランス語の数の数え方」の解説に若干の疑問を持った。

 あるニュース番組では、都知事は91がquatre-vingt-onze(カトル・ヴァン・オンズ)と読まれるから、最初は4かと思ってしまうと発言があり、それを受けてキャスターが「なるほどそうですね」といった発言をしていた。それなら、日本語だって同じだろう。91は、きゅう・じゅう・いちと読まれるのだから、最初はただの9と勘違いする理屈になる。そうだろうか?

 灰皿と聞いて、この人は、「灰」と「皿」を連想するのだろうか?靴下と聞いて、「靴」の「下」を思い浮かべるのだろうか?慣れてくれば、カトル・ヴァン・オンズで91で、問題はないはずだ。

 71を「60と11」としたり、91を「四つの20と11」とするのは、かつてフランスが60進法や20進法を採用していたことと関係しているらしいが、そういうことを学び、異文化理解を促進していくことの方が重要と考える。
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2005年07月12日

やばい話

 ザッピングをしていたら、「NHKニュース10」の日本語の乱れについてのレポートが目にとまった。もっとも最後の方しか見ていないのだが、「やばい」の使い方に触れていた。最近の若者が「やばい」を肯定的な意味、積極的な、良い意味でも使っているという話、つまり5月16日に書いた「やばい学生」の話だ。

 番組の最後で、レポーターが、それでも若者たちは仲間内と目上の人で、意味を使い分けをしているという話をしていた。仲間内では新しい肯定的な意味、目上の人とではこれまで通りの意味で使っているのだという。それを受けて、メインキャスターが「使い分けができればいいんですけどね」的なまとめをしていた。

 うーん、私の目の前で、学生たちは平気で新しい意味で使っているのだが・・・。
 仲間と見なされているのか、あるいはすでに使い分けなどなくなっているのか、どちらなのだろう?
posted by Prof.T at 22:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トップレスとセクハラ

 セクハラや入試ミスをカバーする保険のことに触れた。うちの大学も入っておいた方がいいなあ。いや、もちろんセクハラや入試ミスは、ない方がいいのだが、何が起こるかわからない。とくにセクハラの基準は難しい。

 「たまにはトップレスで哲学の本でも読んでごらん」などと言ったら、セクハラで女子学生に訴えられてしまうのは確実だ。

 しかし、京都大学の鈴木晶子さんが書かれた「夏のドイツ、胸もあらわに哲学を学ぶ」というエッセイの下の方に出てくるブリギッテさんは、学生時代にトップレスでカントの『純粋理性批判』を読んでいたとある。
 ブリギッテさんのような女子学生に「女性なんだから、そんな格好はやめなさい」と言ってしまえば、今度は女性差別として非難されてしまうのも確かなことであろう。

 やっぱり保険に加入しておいた方がいいように思う。
posted by Prof.T at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セクハラ保険・入試ミス保険

 「入試ミス・情報漏れ…学校の賠償を保険でカバー」という記事を読んだ。入試ミスだけでなく、セクハラ被害などもカバーされるという。
 うちの大学は加入するのだろうか?

 なお、記事の終わりの方に「生徒数1万人の大学」とある。これは「学生数1万人」とするのが正しい(5月15日の記事)。

 ちなみに、zakzakの「先生のセクハラ入試ミスに事故…学校を丸ごと補償」という記事では、きちんと「学生数1万人」と書かれている。
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2005年07月10日

夢と希望

 「希望とは何か」東大がプロジェクト発足 という記事を読んだ。
 記事にあるように、日本社会は希望が見えにくく、閉塞感に満ちている。

 現代社会はまた夢を欠く。年末には確かに夢をかなえる手帳術のような本が売れた。しかしそれはきわめて個人的な夢であり、社会全体が持つ夢ではない。

 1960年代、日本社会は夢を持っていた。多くの人が共有する夢があった。
 1963年に放送開始された「アップダウンクイズ」では、10問正解者が「夢のハワイ旅行」を獲得した。
 1964年10月、東京オリンピックを目前に開通した東海道新幹線は「夢の超特急」と呼ばれた。
 昨日より今日がいい日で、今日よりも明日がいい日であると、みんな信じていた。夢の超特急は、東京と大阪を3時間で結ぶだけでなく、みんなの夢をのせて未来に向かって走っていたのである。
 1970年の大阪万博のテーマが「人類の進歩と調和」であったように、アトムが生まれる21世紀はバラ色に輝く社会で、平和が実現されていると思っていた。夢と希望に向かって、社会は進歩していくと考えていた。
 もちろんそれらの夢は根拠がなく、現実にはさまざまな問題がつねに生起していた。人々は「夢も希望もありゃしない」と嘆いたりもした。しかし、それは人々が夢を抱き、希望を持っていたことの裏返しであった。

 21世紀、5人に1人が65歳以上の高齢社会に突入したこの社会に、人々が共有する夢はない。政治、経済、社会の各領域で、解決しがたいさまざまな問題が存在する。これらの問題を抱える社会を「痛み」に耐えて改革を実行するというが、果たしてその先にどんな夢が広がるのか?
 人々が夢を語らず、希望を持たない社会に明日はあるのだろうか?
 「痛み」に耐えたその先の夢を知りたい、語りたい。
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posted by Prof.T at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

ロンドンの地下鉄

 「出勤がテロに屈しない姿勢」ロンドンで普段通り職場にというニュースを読んだ。
 テロに屈しないロンドンの人々にエールを送りたい。

 記事中に、「大半の地下鉄が不通となり」とあるが、ロンドンの地下鉄の路線、駅は、日本の場合と異なるので説明が必要だ。

 日本の地下鉄の場合、たとえば大手町駅には、丸ノ内線、東西線、千代田線、半蔵門線と東京メトロだけでも、4つの路線が通っている。しかし、これらのホームはすべて異なるから、乗り換えも階段を上ったり、降りたり、ちょっと歩いたりと面倒である。駅ナンバリングもそれぞれM18、T09、C11、Z08である。これは要するに、大手町駅と言っても、丸ノ内線大手町駅、東西線大手町駅などと分かれ、これらをまとめて大手町駅と称しているともとれる(東京メトロの考えは知らないが)。

 それに対して、ロンドンの地下鉄の場合、同じホームに異なる路線が乗り入れてくることが多い。つまり同じホームに、丸ノ内線、東西線、千代田線・・・の電車が乗り入れてくるようなものだ。乗客は乗るべき電車かしっかり確認しないとまるっきり違うところに連れて行かれる(経験有り)。
 またある路線で事故が起こって電車が止まるということになると、その路線だけでなく、ホームを共有する他の路線も不通になってしまう。ホームや線路が他の路線の電車でふさがれてしまっているからだ。

 ロンドの地下鉄を利用する際は、注意して頂きたい。
posted by Prof.T at 11:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

ロンドンからの返信

 ロンドン留学中の教え子からすぐに返信が届いた。

昨日まで五輪開催でお祭りムードだったのが一転し、今朝のテロにロンドン中が混乱しています。前に先生と待ち合わせをしたラッセルスクエアでも爆発があったようで他人事だとは思えず、ショックを受けております。

 そうだった、ラッセルスクエアの駅で彼女と待ち合わせしたのだった。当時、彼女はあの近くに住んでいたのだ。

 マドリードに住んでいた教え子も次のように書いてきていた。
爆破事件のあった電車の線は毎日家とマドリードの往復につかっているためかなり精神的にインパクトを受けています。テレビを通してみるスペイン人・外国人被害者の家族のリアクションを見るのはとてもつらいです。

 ただでさえ大変な留学生活に、このような事件に遭遇したショックは相当のものと想像する。とにかく無事に留学生活を送って欲しい。

posted by Prof.T at 05:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロンドン・テロ

 ロンドンでテロが起きた。何よりもまず亡くなられた方々のご冥福を祈り、負傷された方々の一刻も早い回復を祈る。
 昨日、2012年のオリンピック開催都市がロンドンに決まっただけに、またスコットランドでサミットが開かれているだけにショックだ。
 意見、考えの相違、対立をテロという行為で表現することに抗議する。意見、考えの相違、対立は、必ず解消される、克服されるとは限らない。むしろ、解消されない、克服され得ない場合の方が多い。相違、対立を抱えながら、われわれは共存し、コミュニティを築いてきた。テロは、共存を否定し、コミュニティを破壊しようとする行為である。容認し得ない行為である。

 ロンドンには3度ほど観光で行った。チューブ(地下鉄)にも、ダブルデッカー(2階建てバス)にも乗った。
 大学院の後輩が留学していて、彼とはパブでよく飲んだ。彼は帰国したが、非常勤先の教え子が1人LSEに留学している。無事だと思うが、ショックを受けているはずだ。
 昨年のマドリードのテロの時も、別の非常勤先の教え子が留学していたのでメールを送ったが、精神的な打撃を受けているという返事をもらった。
 衝撃的な事件に遭遇した彼女に、どのような内容でメールを書いたらいいのかわからないが、ともかくメールを送付する。

 NHKのBS1が、BBCのライブ・ニュースを放映し続けている。
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2005年07月07日

七夕

 七夕ということで、『朝いち430』の中田有紀、山本舞衣子、中嶋美年子のお三方も浴衣で登場。しかしながら、夜は雨だとか・・・

 同番組内でも、2012年のオリンピック開催都市がロンドンに決定したことを大きく報道していた。
 開催候補都市のうちモスクワを除いて、観光旅行で行ったことがある。個人的な感想を言えば、一番楽しく、繰り返し行きたいのは、パリだ。この街には、過去と現在と未来が調和的に存在する。大都市でありながら、大きな空が広がるのもいい。摩天楼がそびえ立つニューヨークの空は自分の頭の真上にしかない。
 ロンドンも大都会で楽しいところだが、東京とそれほど違わないような気がする。東京と同じで、何でもあるからだ。だから、とても楽しい、お金さえあれば。ロンドンはとにかく物価が高すぎる。
 マドリードは料理はおいしかった。けれども、近代的大都市で、中世的な表情を残す都市が好きな私としては、スペインへ行くなら、今度は別の都市を訪ねたい。
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2005年06月27日

「『楽勝科目』をなくせ」と言うけれど・・・

 「楽勝科目」をなくせ、大学側授業向上目指すという記事を読んだ。
 こういう傾向は時代の趨勢だろう。うちの大学も早く手を打たないといけない、そう思うのだが、それでも「楽勝科目」をすべてなくすことがいいのか、どうか、よくわからない。
 
 例えば、講義科目には専門科目と教養科目(教育科目などとも呼ばれる)とがある。専門科目は確かに楽勝科目をなくすべきだと思う。相対評価を導入し、成績の比率を厳密にすべきだと思う。しかし、教養科目はどうだろうか。早稲田の政経の事例が記事に書かれていたが、政経の学生であっても、物理学や文学といった教養科目を選択的に履修しなければならない。これらについても、専門科目と同じ基準で成績をつけるのはどうなのだろう。むしろ、意図的に「楽勝科目」にして、楽しく学ばせてもいいのではないだろうか?(早稲田の政経が専門科目と教養科目とで基準を分けているのか、同じにしているのか、記事からわからないし、私も知らない。)

 それにしても早稲田の政経で、成績評価の割合や過去の試験問題をホームページで公開するとは驚きである。もともと学生にたいする教育を放棄していたような学部であったし、このような合意にとうてい到達できないような教員間の対立があったはずだからだ。
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posted by Prof.T at 20:38| Comment(4) | TrackBack(1) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月20日

「あしたをつかめ」

 7時のニュースを見て、そのあと3チャンネルに回したら、「あしたをつかめ」をやっていた。

 どういう番組かというと、
 
この番組は、社会へ出ることを考え始めた10代後半〜20代前半の方に、さまざまなジャンルの職業を紹介し、その特徴や魅力について考えてもらう“仕事ガイダンス番組”です。

 という番組だそうだ(番組HPより)。

 学校放送ということと教育テレビということで、ニート対策の意味合いがあったりするのだろうな。それにしても、タイトルといい、サブタイトルの「平成若者仕事図鑑」にしても、NHK的なダササがあるのだが、番組の内容は押しつけがましいところがなく、好感が持てる。
 今日の女性も生き生きと輝いて見える。もっともそう見えるのは、そういう若者だけを取り上げているからで、したがって、番組に登場する若者は優等生的に描かれすぎている、優等生だけではないか、という批判が番組の掲示板(上記ホームページ内にある)に寄せられたりもする。それは仕方がない。「仕事、つまんねぇっす」、「仕事、やめたいでぇす」なんて声を取り上げるわけにはいかないからね。

 きわめてNHK的な番組ではあるけれども、こんな仕事(今回は鮮魚競り人)もあるんだ、こういう仕事にわれわれは支えられているのだということを知ることができる点で、それと若い人たちが一生懸命仕事をしているのを見ることができて、私はおもしろいと思っている。
posted by Prof.T at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

ニュースとワイドショー

 先日来の二子山親方(元大関貴ノ花)の死去に伴って、ワイドショーだけでなく、ニュースでも関連報道(若貴の確執、元夫人、愛人等々)がかまびすしい、鬱陶しい。
 ワイドショーでの扱いだけでなく、ニュースでもワイドショー的な内容が報道されることに古田選手が疑問を投げかけている。
 
単に俺が最近のテレビの流れについていけてないだけなんでしょうが。。。

 いえいえ、テレビの流れが間違っているんです。

 古田選手は、ワイドショーと呼ばれる番組が多いことを日本のテレビの特徴だと指摘していて、アメリカ人が理解できないことに触れているが、私としてはもう一つ理解できないことがある。

 なぜどの番組もキャスターの横に、「ご意見番」的解説者を置いているのか?
 ニュースを伝えて、伝えた本人が個人的なコメントをして、さらに「ご意見番」に解説、意見を求める。ワイドショーだけでなく、ニュースの多くもこのスタイルを取っているが、これも日本的特徴だろう。

 八っつぁん、熊さんがご隠居にいろいろ聞いていた頃からの伝統なのだろうか?

 いずれにしても、このスタイルにはさまざまな問題があると考えるのだが、それはまた別の機会にでも。続きを読む
posted by Prof.T at 06:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

「荒れに荒れた」

 NHKのテレビ番組「プロジェクトX」の問題が新聞(たとえば「プロジェクトX問題、淀川工高校長も『事実と違う』」で取り上げられている。
 中高年が涙を流しながら見ている(本当か?)というこの番組だが、私は好きではなくほとんど見ていない(年に2、3回か)。あの番組の一つの売りは田口トモロヲのナレーションだと思うが、一つ一つのセンテンスが短く、それを淡々と語っていくことによって、成功「物語」という「ノン・フィクション」の「ドラマ」性を盛り上げていく。その結果が「荒れに荒れた」であろう。

 これが「前年度に比較して30%の荒れ具合であり、また隣接した高校に比べても50%以上の荒れ具合であった。その荒れ具合は、教室の椅子や机が投げられるなどの事件が年に55回、器物損壊の被害額は年200万円に上った。」(左の記述は事実でない創作です)などという語りでは、もちろんダメである。視聴者が聞いていられない。
 しかしそうだとしても取材する側は最低限の事実確認をする必要がある。
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posted by Prof.T at 07:35| Comment(1) | TrackBack(3) | 新聞・テレビから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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