2005年08月02日

植民地

 この業界に「植民地」という隠語がある。
 「A大学(のa学部)はB大学の植民地である」という使い方をする。
 A大学(のa学部)の教員はB大学が送り込んでいる、つまりA大学(のa学部)の教員(のほとんど)はB大学出身ということを意味する。A大学(のa学部)が新規に教員を採用する場合、B大学出身者がほぼ自動的に採用されるのである。したがって、公募が行われることはめったにない。たとえ公募を行ってもそれは形式的なもので、採用される人物は最初から決まっていることがほとんどということになる。もっともB大学側にたまたま適当な人物がいなくて、「えっ、あれは本当に公募だったの?」という話もないことはない。
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2005年08月01日

学内推薦なしで選んでみたら・・・

 実は何年か前には、うちの大学でも学内推薦なしで選んでいた時期があった。

 実際、ある科目で公募を出したら、30人ほどが応募してきたことがあった。応募者について、学内の教員はよく知らない。そういう場合、教員はどうしても研究業績優先で選んでしまいがちである。その時も結局、業績を優先すべきだという声が最終的に勝った。

 果たしてわれわれが選んだ候補者は優秀な研究者であった。研究室には夜遅くまでいて論文を次から次に書き、単著を出版し、おまけにそれはある著名な賞までもらった。昨日、アマゾンで本を探していたら、彼が書いた新しい著書を見つけた。

 しかし、彼が教育者としてすぐれていたかというと話は別であった。授業は彼が研究中のことが中心fだった。きわめて専門性の高い話で、学生の多くは興味がわかなかった。授業評価はかなり低かったが、それを改善する気は彼にはなかったようだ。

 教授会や委員会は出席したが、なるべく仕事が回ってこないように立ち回った。研究者仲間との研究会は盛んに行っていたが、同僚との飲み会に行くことはほとんどなかった。入試の試験監督中にも、論文の抜き刷りを持ち込んで読んでいた。教授会でも本を読んでいた。入試業務ではミスもした。

 彼について、私は過去形で書いている。そう、彼はもうわが大学にはいない。わずか3年在籍しただけで、他の偏差値の高い大学に移籍してしまった。

 彼のような事例についての「反省」もあって、学内推薦の制度が導入されたようだ。
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学内推薦の利点

 学内推薦の問題点、疑問点を書いたが、だからといって学内推薦に利点がないわけではないし、完全公募がいいというものではない。

 応募書類だけでは応募者が教育熱心かどうかはわからない。最近は研究業績だけでなく、授業計画や教育についての考え方についても一緒に提出させるが、応募者はたいてい立派なことを書くに決まっている。だからといって実際にいい授業ができるかどうかは別問題である。教育熱心でよい授業ができる人物を学内の教員が知っていれば、その教員に推薦してもらった方がいいという考え方も出てくる。

 人柄というのも重要である。人柄が何で重要なのかと思うかもしれないが、研究業績が抜群でも協調性がないということになると、これはかなり困る。このブログを読んで頂いている方には説明する必要はないが、教員の仕事は授業、研究だけではない。大学運営に関わるさまざまな仕事を他の教員とともに遂行しなければならない。教授会、委員会に出席しない、試験監督等の入試業務はやらない、やってもいい加減、そういうことでは大学も他の教員も困るのである。これもまた学内の教員が推薦する人なら人物も問題なかろうということになってくるのである。

 学内推薦が公募と言えるか疑問だとは書いたが、だからといって学内推薦を全面的に否定できるわけでもないのである。
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学内推薦その2

 ある学部で公募を行った。学内推薦併用である。何人が応募してきたか知らないが、学内推薦を受けた応募者は2名だったらしい。2名の推薦者はともに、その学部に所属する教員である。どちらも公募科目に近接した科目の担当者らしい。ということは被推薦者との専門性も近い。

 公募をして書類が集まったら当然選考である。選考の仕方もさまざまだが、多くの場合、何人か審査員を選び、その審査員が応募書類、業績を審査して、任用候補者を決めることになる。この学部の場合もこの方法だ。

 審査員をどうやって選ぶか?この学部では専任教授会(教授だけの教授会。普通の教授会は助教授や多くの場合専任講師も出席する)で選挙をやって3名選ぶらしい。

 選挙の結果、推薦者2名が審査員に選ばれた。専門性が近い教員を審査員に選出するのが通例であるから、間抜けなことだが、こういうことは起こりうる。

 推薦者かつ審査員2名は、それぞれ自分が推す候補者を採用したい。話し合ったが、結論が出なかったらしい。もう1名がはっきりした態度を取れば話は簡単だが、そうはできない。結論が出ないという報告を受けた学部長は、学長その他に「2人とも採用したい」と申し出たらしい。

 その申し出が受け入れられたかどうかは知らない。
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学内推薦

 教員を採用する際に公募という方法を取り入れている大学は多い。関係機関(といってもたいていは大学の学長、大学院の研究科委員長だが)に呼びかけて、採用を告知する。応募者は必要書類を用意して応募することになるのだが、その際に場合によっては推薦状を求められる場合がある。たいていは指導教授や専門分野の近い有名な先生に推薦状を頼むことになる。
 このような学外推薦のほかに、学内推薦の制度を取り入れている場合もある。学内の教員が推薦する制度である。学内教員の推薦状が添付されることになる。
 当然のことながら、学内推薦の制度を取り入れている場合、この推薦は学外推薦より強い推薦となり、候補者は優先的に取り扱われることになる(推薦者が学内で問題教員として扱われているような場合はもちろん例外である)。
 公募の告知には学内推薦の制度があるということは書いてない。学内推薦の告知は学内だけである。このような募集を公募と称していいのか、疑問である。
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研究室のドア

 研究室のドアには教員の個性が出る。
 自分の授業スケジュールを貼りだしている教員、ゼミの連絡ポスト、レポートの提出ポスト(ポストと言ってもA4版の用紙が入る封筒を画鋲で留めているだけだが)を設置している教員、自分が関わっているセミナー等のポスターを貼っている教員、担当科目の内容に関係する新聞記事のコピーを貼っている教員・・・。
 先日、ある教員の研究室の前を通ったら、手製の禁煙ポスターが3枚貼ってあった。私もたばこは吸わないし、うちの学生の喫煙マナーがひどいこともわかっているが、狭いスペース(ドアと壁面)に3枚はちょっと多すぎないか。エキセントリックな教員と取られはしないか、やや心配になる。

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posted by Prof.T at 07:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月27日

はかどらない・・・

 1日ずっと家にこもって取りくんでいる仕事だが、はかどらない・・・。

 いいネタを思いつかない。ほぼ毎年の仕事で、ネタが尽きてきている。
 同僚と分担しているので、重複しないようにしないといけない。
 何よりもミスがあってはならない、慎重を期す作業である。

 プレッシャーがかかる仕事だが、報酬は少ない。もっとも少々報酬が良いところで、回避できるなら回避したい仕事である。

 何かと制約がある仕事で、どういう仕事なのかもはっきり書けない。 
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2005年07月26日

行きつけの店

 実は、うちの大学の近くにも女性がお酒をつくってくれる店がある。
 私はあまり行かないのだが、同僚の何人かはこの店の常連だ。新任のM先生もすでにボトルキープをしているらしい。学部長に連れて行ってもらったのが縁で常連になったようだが、学部長の方は彼らほど頻繁には通っていない。「ママが下品」で「下ネタを連発」するのが理由らしい。もっとも一度学部長に連れて行ってもらったときには、学部長の方が先に下ネタ話をしていた。
 女性がお酒をつくってくれると言っても、女の子はいない、ママが1人で切り盛りしている小さなスナックである。50年くらい前だったら、ママも女の子と呼ばれていたんだろうな。
 人生経験豊富なママは説教好きで、この説教が嫌で店に行かなくなるものもいれば、逆に説教を聞きたくて通う常連もいるようだ。
 彼女がつくる「おにぎりは絶品」と、同僚が言うのだが、すでに何軒もハシゴしたあとで食べているのだからどれほど信用できるのだろう。
 今度、確かめに行ってこようと思う。
 
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2005年07月25日

M様、固まる

 学生に自分をM様と呼ばせているM先生は、今年の4月に着任したばかり。
 先日、学部のボス(を気取っている)教員にキャンパスで声をかけられた。

 「どうだ、少しは慣れたか?」
 ボス(を気取っている)この教員はいつも偉そうに話す。

 「ええ、何とか。でも、やっぱり学生とコミュニケーションを取るのは難しいですね」と答えるM先生。

 話をしていたら、M先生のゼミの女子学生がやってきた。M先生に気が付いて、「Mさま〜!」と大きな声で叫んで駆け寄ってくる。両手を前に出して、手を振っている。
 「M様、こんにちは〜」

 固まるM先生。
 ギョッとするボス(を気取っている)教員。

 「あれ〜、今日はどうしちゃったんですか〜」
 (お前ら、あっち行け!)
 「具合、悪いんですか〜」
 (状況を察しろ!)

 もちろん、女子学生たちは、その前の会話など知る由もない。

 「どうしちゃったんですか〜。今日は何だか先生みたい!」
 
 さすがに、このときばかりは、M様と呼ばせたことを後悔したらしい。
 ボス(を気取っている)教員とどんな会話を交わして別れたか、覚えていないという。
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2005年07月23日

M様の話

 答案に「もっと勉強しろ!」と書き込んでいる教員、仮にM山先生としておこう。

 このM山先生、30代前半で女子学生に人気があるらしい。某韓国俳優にならって、女子学生にM様と呼ばれているらしい。

 「学生が勝手にM様って呼ぶんですよ」と言っているが、某韓国俳優とは似ても似つかぬM山先生を、1年から4年まで何のつながりもない複数の女子学生がそろってM様と呼ぶはずもない。「M様と呼びなさい」と指導していると睨んでいる。
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2005年07月18日

クールビズ

 聞いた話では、クールビズのお達しで、官庁によってはネクタイ着用では省内に入れないところもあるという。ネクタイ着用をチェックする監視役を置いているところもあるというが、本当だろうか?省エネを実施しても、税金は無駄遣いではないか。

 学内のクールビズだが、教員の方は普段から各自適当だから関係ないのだが、相変わらず職員はネクタイ、上着着用ということのようだ。先日、汗をかいている職員に声をかけたら、「クールビズではないんです」という話しだった。お上に右にならえが多いうちの大学なのに、これはどうしてなのだろう。ネクタイをはずして、上着も取って、少しでも効率を上げた方がいいと思うのだが。上は働いていないから汗をかかないかもしれないが、下は、すべてではないが、一生懸命やっている職員が多いのだから。
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2005年07月16日

大学教員と自尊心

 教員の指示をきちんと守ってレポートを出すという記事を書いた。これは大学教員という人種が一般にプライド高いこととも関係する。
 鷲田小彌太は、次のように書く。
私の目から見ると、学者という種族は、自尊心の塊である。・・・・・・たんなる自尊心の塊ではない。自分に甘く他人に厳しい。
 鷲田小彌太『学者の値打ち』ちくま新書、2004年、10-11ページ

 若干の弁護をすれば、自尊心の塊になるのは、大学教員という職業柄、仕方のないことでもある。
 文科系の教員の場合、研究作業は1人で行うことが基本である。資料を1人で集め、それを読み、論文にしていく。研究には独自性が求められる。他人がやっていないこと、違うことを研究していかなければならない。孤独な作業である。他人がやっていないこと、違うことであっても、そこには意味がなければいけない。また同じようなテーマ、流行のテーマを選択した場合には、自分がすぐれていることを示さなければいけない。要するに、プライドがなければ研究はやっていけないのである。

 多くの場合、研究者になるという目標がまずあって教員になる。自尊心がなければ研究はできないし、研究成果を上げたがゆえに自尊心が生まれる、高まることになる以上、大学教員が自尊心の塊となるのも致し方ないとも言えるのである。

 「自分に甘く他人に厳しい」というのは、研究上の自尊心とは関係のない話だとは思うが、現実にはよくあることで、例えば学生には締切厳守でレポートを提出させるのに、自分の原稿は締切を過ぎてからようやく書き始める教員は珍しくない。

 批判の余地はあるだろうが、以上のような教員という人種の特性を、学生は認識しておいた方がいいように思う。
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2005年07月15日

「らしい」話(2)

 夏休みが間近になって、入試問題の作成作業が本格化しているらしい。各科目で作成についての会議が行われているらしい。
 夏休み後に問題を提出するらしいが、中には夏休み前に作成作業を完了してしまう科目もあるらしい。担当科目の試験の採点や会議もある中で、問題をつくるのは大変らしい。ミスしないように、神経を使うらしい。高校の教科書の範囲を超えないように出題するのも、気をつかうらしい。
 世間は明日から3連休だが、連休返上で問題をつくらなければならない教員もいるらしい。
 機密事項なので、今回も「らしい」話(6月4日)がいいらしい。
posted by Prof.T at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

思惑通りに行くのだろうか・・・

 それにしても漢字の読みは難しい。

 「うちの学生の問題は、何よりも日本語にある、英語よりも何よりも日本語をしっかり学ばせるべきだ」と会議のたびに力説する同僚がいる。なかなか優秀な教員なのだが、そういう彼の発言に「いろいろと『しわく』があるから」、「『しわく』通りには行かない』などと、頻繁に「しわく」という言葉が出てくる。思惑(おもわく)のことである。「『おもう』のク語法から。『惑』は当て字」(大辞林)なので、これはやはり「おもわく」が正しい。思惑を「しわく」と読むと、修惑(しゅわく)と同じ意味で、「〔仏〕 修行によって打ち消すべき煩悩。また、人が生まれながらにもっている煩悩」(大辞林)を意味する。〔仏〕ということは、仏教用語だ。
 学生ならば間違いを簡単に指摘することができるのだが、相手が教員となると、ちょっと面倒だ。いずれにしても、漢字というか、日本語は、本当に難しいから、学生の日本語力を向上させると言っても、彼の思惑通りに行くかどうか・・・

 最近よくわからないのは、茶葉の読みで、「ちゃば」が一般的だと思ってたら、「ちゃよう」と読んでいるお茶のCMがあった。ATOKは「ちゃば」で変換し、「ちゃよう」では茶用になる。広辞苑にはどちらも見出し語にない。「茶」も「葉」も小学校の中学年で習うであろう漢字で、お茶の葉だと意味もわかるのに、読み方がはっきりしないというのだから(私だけ?)、日本語というのはなんて難しいのだろう、などというありきたりの結論を小論文で書いたりすると評価されなかったりするので、ますますやっかいである。

 正しい読み方を知っている方は、教えてください。
posted by Prof.T at 02:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

紀要

 教員の論文は、紀要で読むことができる。紀要とは大学や研究機関で定期的に発行している研究論文集である。大きな大学では、学部や付属の研究所がそれぞれ紀要を発行している。
 紀要は図書館に行けば他大学のものも含めて閲覧できるが、自分の大学、学部の紀要は、学部事務所の隅あたりに埃をかぶって積まれていることが多い。

 紀要には教員の論文が掲載されるが、紀要にしばしば論文を発表する教員とそうでない教員とに分かれる。
 後者には2つのタイプがあり、1つは研究をしていない教員である。論文を書かない(書けない)ので、発表も、掲載もできない。
 もう1つは、学会誌など紀要以外に論文を発表したり、単著、共著を出版社から刊行している教員である。こちらは、大学外に発表する原稿を書くのに忙しく、紀要に書く原稿が用意できない、書くことができない、あるいは書く気がない場合である。

 最近はどの大学も紀要の原稿が集まらなくて苦労している。年に3回発行するはずが、原稿が集まらず、2号分をまとめて合併号と称して、事実上2回発行になっている場合も多い。あるいは博士課程の学生の論文を審査をした上で掲載したりしている。

 原稿が集まらないのは、研究をしていない教員が増えたからなのか、紀要以外に発表している教員が増えたからなのか、さてどちらなのだろう。
 
posted by Prof.T at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月10日

夏休みの会話

 夏休みが来てうれしい\(^O^)/なんて書いてて何だが、夏休みも結構教員は忙しい。というか、夏休みにしか研究ができない。
 文献を読み、資料を調べ、考え、悩み、また文献を読んで(6月20日の記事)、という一連の作業を通じて研究や論文のアイデアを思いつくためには、これらの行為が中断されないことが重要である。読んでいる途中で会議が入る、考えている途中で講義をする、ということになると、何を読んでいるか、何を考えていたか、分からなくなって悩むことになる。これは本質的な悩みではない。
 結局、夏休みしかまとまった時間がとれないので、夏休みは貴重な研究期間となる。

 ところが、OB職員は、大学教員というものはOB教員同様押しなべて研究をしていないと思い込んでいて、夏休みに入った直後に大学で会ったりすると、「おや、先生、今日はどうされたんですか?」などと失礼な質問をする。「いやいや、研究室で研究ですよ」と答える前に、「あっ、採点ですね!」などとしたり顔をする。「終わったよ!」と言いたいが、それを押さえて、「いえ、研究で」とにこやかに答えるのだが、相手はどうも腑に落ちない顔をしていて、それが何とも気に食わない。
posted by Prof.T at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

OB教員も問題だ!

 OB・OG職員の問題を指摘したが、もちろんOB教員も問題を抱えている。
 教育熱心な教員は少ない、研究という言葉が辞書にない教員もいる。それでおとなしくしてくれていればいいのだが、学内の役職獲得に燃えるものがいる。学部長やそれ以上の役職が欲しいのである。
 学部を卒業し、大学院を修了し、社会に出ることなく、大学に就職した彼にとって、世界は大学の中にしかない。大学のトップに立つことは、世界を支配することに等しい。
 もちろん研究もせず、教育に熱意のない教員に権力を与えることは阻止しなければならない、ということになって、研究、教育、学内運営という基本的な仕事に、学内抗争といったやっかいな仕事を抱えたりすることになるのである。

 トホホ・・・

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posted by Prof.T at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

OB・OG職員の弊害

 うちの大学にOB・OG職員が多いことを書いたが、学生への応対だけでなく、内部組織的に見てもいろいろと弊害が目につく。
 採用の実態がどうなっているのか正確なことがわからない(このこと自体問題といえば問題だが、単に私が知らないだけの話なのかもしれない)のだが、優秀な学生がとくに採用されているわけではない。多くは、コネで、部、サークルの先輩がリクルートしている場合が多いようだ(それでも試験は一応あるとのこと)。
 彼らが採用されて、職員になると、次のような問題が発生する。ある課に所属する職員には、当然上司がいて、その指示に従わなくてはならない。他方で、その職員には就職のときにとくにお世話になった部、サークルの先輩がいて、彼・彼女にまたいろいろと指導される。こうして、この職員には、組織内の公的な指導系統と私的な指導系統が存在する。本来的には公的な指導系統が優先されるはずだが面従腹背で、場合によっては私的な指導系統が優先されてしまうこともある。伝統ある運動部、サークルでの上下関係は絶対的であるからだ。
 こうして、ただでさえセクショナリズムが幅をきかして、迅速な決定や事務処理ができないところに、派閥的要素が加わり、いわば二重のセクショナリズムによって、ますます非効率的な事務処理がなされることになる。
 大学冬の時代に、こんなことで大丈夫なのかと思うのだが、卒業後も学内にとどまり、その意味で世間を知らないので、外の世界に目が向かない。これもOB・OG職員採用の弊害である。
posted by Prof.T at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職員の対応

 こちらの学生も怒っているように、学生に応対する職員の態度は学生に評判が悪い。

 うちの大学でも学生が職員の態度に腹を立てている。学生へのサービスという点では、教員も職員も同じだと思うが、どういうわけか「学生による窓口業務についての評価」というものはない。
 うちの場合、職員にOB・OGが多いため、職員としての応対というよりも、後輩への応対ということになって、ますます学生には評判が悪いようである。いずれにしてもサービス意識は欠如している。
 こういった態度は一朝一夕には改まらないから、学外との応対が多い部署に異動しても、ぞんざいな態度がそのまま出てしまって、大学の評判を悪くする。悪い評判が学内、学生の間だけにとどまる教員よりも始末が悪い。
 学生にたいするサービスを意識せよと教員はうるさく言われるのだが、それは職員も同様である。せめて窓口業務についている職員はネームプレートをきちんとつけて学生に応対して欲しい(うちの大学ではつけていない)。
posted by Prof.T at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月05日

学部長からのメール

 新しい高大連携プログラムに関して、学部長からメールがあった。
 前々から高校側と打ち合わせしたいという話は聞いていた。

 メールを読むと、7月下旬の夕方に、高校近くの駅周辺で、「自由な意見交換と懇親の場を設けたい」と書いてある。
 
 えーっと、飲み会ですか?
 
posted by Prof.T at 19:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 業界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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